沈殿する澱み−13
しばらく歩いてから立ち止まり、半歩後ろを浮遊するアルジュナ・オルタを振り返って見上げる。
「…ありがとな、アルジュナ」
「……?なぜ、礼を…?」
どうやら本気で理解できなかったようで、アルジュナ・オルタはなぜ礼を言われるのか、と首をかしげた。きょとんとした表情に、唯斗は小さく笑い、体ごとアルジュナ・オルタに向き直る。
「嬉しかった。俺のために怒ってくれただろ。俺にとって害のあるものを悪だとして処理しようと考えてくれた。そうやって俺のことを思ってくれるのが、嬉しかったんだ」
まさかそんな着地になるとは思わなかったが、アルジュナ・オルタがそんな基準で善悪を結論づけたことは、驚き以上に、嬉しかった。
それを述べると、アルジュナ・オルタはなおも不思議そうにして、自らの胸元に手を当てる。
「…、嬉しいのはマスターのはず…にも関わらず、私自身も、嬉しい、と感じている…なぜ、でしょう…」
「あー…」
アルジュナ・オルタの質問は、少し答えにくい。今の唯斗には、もうその理由は分かる。ただ、それを唯斗の立場で答えるのは、さすがに気恥ずかしかった。
「…質問で返して悪いけど…アルジュナは、俺のこと、大切か…?」
「もちろん、大切です…それが、何か…?」
間髪を入れずに肯定したことすらも嬉しくて、唯斗は照れやらなんやらを押し殺しつつ、アルジュナ・オルタを見上げて口を開く。
「…そう思ってもらえて嬉しい。大切な人が嬉しいときは、自分も嬉しくなるし、それが自分によるものなら、なおさらだ。そういう共感の程度を共有している関係性が、とても尊いものなんだって、俺もこの旅で知ったんだ」
アルジュナ・オルタは目を見開き、何度かぱちぱちと瞬きしてから、間を置いて再び質問を投げかける。
「………、では…マスターも、私のことが、大切、ですか…?」
「あぁ。大切だよ、アルジュナ」
「…なる、ほど…確かに…これは、嬉しい、です」
そして、唯斗の答えを聞いたアルジュナ・オルタは、小さく笑った。初めて見た彼の笑顔だ。
それに驚く暇もなく、突如としてアルジュナ・オルタは光に包まれる。眩い光とともに令呪が僅かに熱を持ち、霊基が自動的に再臨されたことを確信する。
光を避けるために閉じていた瞼を開けると、アルジュナ・オルタは再臨を果たしていた。
黒髪は短くアーチャーのアルジュナに近くなり、肌も普通の小麦色になっている。服を纏っていなかった上半身には、黄金の首輪で布を止めた大きく肩が開いたノースリーブ型の薄い服があり、その上から青の布地で大きな黄金の胸飾りで止めた短めのマントを纏っている。下半身もズボン式から黄金のブーツに変わっており、全体的に体のラインに沿った姿だ。
何よりも、髪とともに角も短くなっており、大きく神性が低下したことが窺える。
「アルジュナ…霊基が…」
「はい。マスター、驚かれるかもしれませんが、この再臨によって大きく神性は低下したものの…いわゆる人間性、というものは大幅に増したようです」
口調は柔らかく、しかし話し方はたどたどしさがなくなって流暢に喋っている。姿も態度もアーチャーのアルジュナに大きく近づいたが、それよりも素朴な様子に見えた。
「不思議ですね、神性の低下とともに身体機能も低下しているはずなのに、とても力が沸いてくるようです。何より、より私自身が感じたことを、あなたに伝えることができる。今まで言葉にできていなかったことも、すべて。それを、とても喜ばしく思います」
「…そうだな。でも、最初からずっと、お前は俺に向き合って、近づこうと、理解しようとしてくれてたよ。ずっと、それが嬉しかった」
「っ、マスター…!」
アルジュナ・オルタは嬉しそうに笑うと、浮かんだまま唯斗を抱き締める。抱きつくような形だが、身長差に加えて浮遊している分もあるため、胸板あたりに唯斗の顔が来る。
ここまでのゼロ距離は初めてだが、彼なりの感情表現のようであるため、そっと唯斗からも擦り寄ってみる。
「…ふふ、サーヴァントたちがあなたに『可愛い』と繰り返していた理由が分かりました。なるほど、こういう感覚なのですね」
「……いや、何学んでんだ」
少し呆れつつ、あの神の残滓だったアルジュナ・オルタが、ここまで元の英雄らしさを取り戻したことに感動を感じずにはいられなかった。
これまでの彼を否定することはないが、この再臨は、二人の関係性の進展をそのまま形にしたようで、目に見えることが、ただ、嬉しかったのだ。
「…斎藤さんには礼を言っておかないとな」
「む、あの男はやはり悪です。後日、改めて帰滅するべきでは?」
「でもこうやって霊基をさらに再臨できたのは斎藤さんのことがきっかけじゃん?」
「…それは…確かに善…なのでしょうか…?難しいですね。しかしマスターが不要と言うのであれば、私からは何もしません。ただ、あなたに傷ついて欲しくない、と願うことは許していただければ」
「ありがとな」
唯斗は顔を上げて、ぽす、とアルジュナ・オルタの頭を撫でてしまう。なんだか懐いた猫のような雰囲気を持っていたため、思わずやってしまったが、さすがに嫌だっただろうか。
自分でも無意識のそれに固まっていると、アルジュナ・オルタは嬉しそうに微笑んで、唯斗の手の平に頬を寄せた。
どう考えても可愛いのはこいつの方では、と内心で思いつつ、やたら英霊たちが唯斗の頭を撫でる気持ちを変なところで推測できるようになってしまい、複雑な心持ちのまま、アルジュナ・オルタの柔らかい黒髪を撫でたのだった。