沈殿する澱み−16


数日後、クリスマスを間近に控えたある日、唯斗のところにアルジュナが訪れた。アーチャーの方で、話がある、ということで唯斗の部屋で二人になる。
ベッドの縁に唯斗が座り、アルジュナは少し離れた正面に立っている。


「珍しいな、アルジュナが俺に一対一で話って」

「…、不躾なお願いで大変恐縮なのですが…よければ、オルタの私とともに、マスターに同行してくださいませんか?」

「同行って…あの、サンタのカルナがプレゼントを取り戻すために、インド神話のヴリトラが生み出した特異点を巡ってるっていう、あれか?」

「はい。これまでは私とマスター、カルナ、聖人ゲオルギウスに加え、竜殺しの逸話がある者を交代でメンバーに加え、特異点を回っていました。ただ、今回のレイシフトから、私ではなくオルタの私に参加させていただきたく、マスターであるあなたにお許しとお願いをしに」


現在、立香とカルナは、プレゼントのいくつかが封じられてしまって開封できない状態になっているため、これを解決するべく特異点を巡っている。その原因となっているのが、インド神話の蛇神ヴリトラであるらしく、日替わり竜殺し1騎と立香、カルナ、ゲオルギウス、アルジュナというパーティーで探索を行っていた。
次の特異点は、アルジュナ・オルタを参加させるべく、マスターである唯斗にも頼みに来たそうだ。


「…別に問題ないけど、アルジュナがそれをダ・ヴィンチに提言すれば、管制室の方で俺とアルジュナ・オルタをアサインしたはずだよな。わざわざ事前に根回しに来たのは…別の用事があるのか?」

「さすがですね。もちろん、私の都合でお時間をいただくのですから、礼儀として頼みに来たのが一番です。ただ、もう一つ、これを機にお話ししておきたいこともありました」


やはり、アルジュナにはもう一つ話があって、それでわざわざこうして個人的に頼みに来たらしい。
アルジュナ・オルタの召喚に驚いたのはスタッフ側だけではない。サーヴァントたち、特にインド勢がそうで、インド異聞帯の攻略後にカルデアにやってきたガネーシャやアシュヴァッターマンも驚いていた。
特にアルジュナは、自身の別側面ともなれば穏やかではないだろう、と唯斗も推測しているが、今のところ、少なくとも唯斗が目に入る限りでは接触していない。


「私は、ただでさえ不安要素の多い異聞帯の神であったオルタが、あなたにとって信頼できるサーヴァントであると確証が得られるまで、接触してきませんでした。仮に私の存在によって不安定化してしまえば、あなたに良くない影響が及ぶ蓋然性があったからです」

「そうかな、とは思ってた。さすがだな、そういう気遣いは」

「当然です、最優のサーヴァントですから」


アルジュナはちょっとドヤ顔をしながら答えてから、今度は表情にやや影を落とす。言いづらそうにしているようだ。アルジュナがこうやって口ごもるのは珍しい。

そうして、ようやく口を開いた。


「………、あれは…オルタは、私の中に今も存在している、別側面です」

「…異聞帯でカルナが言ってた、(クリシュナ)、ってやつか。マハーバーラタに描かれるヴィシュヌの化身じゃない意味としてその名を言っているように聞こえてたけど」

「その通り。クリシュナ…友の名ではなく、私の中に内在している別側面…私が英雄であろうとするほどに、看過できない自らの感情や行いを、すべて押しつけるためのもの。私の悪性、必要悪のようなものです。英雄たる私は…英雄であろうとする私は、そんなものを許容できないにもかかわらず、それがなければ英雄でいられない。だから私は、クリシュナの存在を知った者には、死の制裁を与える覚悟でいました」


異聞帯でカルナが言っていた内容に、ようやく合点がいった。(クリシュナ)は、アルジュナにとって人格上の悪性を切り取ったものであり、それにすべての悪しき言動の責任を押しつけることで、英雄であろうとした。
多かれ少なかれ誰でもやっているようなことだが、アルジュナはそれがよりはっきりしている。
知られたら殺す、なんて言うわりに、そんな様子がないのは、そういうことだろう。


「…立香とは、共有してるんだな」

「……はい。夢を介して、知られてしまいましたが…マスターは、クリシュナを許容しました。私にとって必要なものだと。だからこそ私は、マスターを大切に思っています。彼こそが、私にとって最優のマスターなのだと」


ふっと優しく微笑んだアルジュナ。立香とのその一件で、きっと大いに救われたことだろう。それがこの現界だけのものだとしても。
そして、アルジュナ・オルタは、そのクリシュナが神性を取り込んでいったことで発生した存在、ということだ。


「…そっか。知られたくないことだったのに、アルジュナ・オルタのマスターになった俺には、自ら打ち明けるべきだと思ってくれたんだな」

「はい。ああして人間性をかなり取り戻した様子を見て、やはりあなたも、我がマスターと同じく素晴らしい方だと再確認したのです。ならば、オルタの私を理解する上で欠かせない要素であるクリシュナのことをお話ししておこうと思いました」


アルジュナは、わざわざ人に知られたくない事実を打ち明けてまで、唯斗とアルジュナ・オルタと向き合おうとしてくれた。
唯斗はベッドから立ち上がり、アルジュナに正面からなるべく視線の高さを近づける。距離こそ詰めていないが、きちんと伝えたかった。


「…ありがとな。オルタの方と話してて、ベースがアルジュナなんだなって思う部分がたくさんあった。それは、あいつの中に英雄らしさや真面目さ、誠実さを感じたときだ。そういう英雄なんだな、あなたは」

「っ、…礼を言うべきは、私の方ですよ、唯斗。あなたとマスターに出会えた…その僥倖、この現界だけでなく、座の記録にまで必ず、必ずや持ち帰りましょう」


アルジュナは、またも珍しいことに、少しだけオルタに近い気の抜けたような笑みを浮かべてそう言った。
アルジュナ・オルタが現界してから徐々に人間性を取り戻して成長していったように、アルジュナもまた、現界して新しい価値観を得られたのだろう。

英霊でも成長できる、その事実に、彼らが同じ人間であったことを感じられて、なぜかとても、安心したのだった。


192/359
prev next
back
表紙へ戻る