沈殿する澱み−18
しばらく歩いたところで、川の端に寄っていったん休憩することにした。
旅慣れていることを理由にこの旅にずっと同行しているゲオルギウスが、てきぱきと食事の支度を進める。
軽い焚き火を素早くつくり、そこにキャンプなどで使いそうな器具を並べて食事を用意してくれる。すぐに美味しそうな匂いが立ちこめた。鶏をガーリック系の味付けで煮込んだ料理のようで、フランス育ちの唯斗はすぐにピンとくる。
「これ、ひょっとしてシュクメルリか?」
「よくご存知ですね。現代ではそのように呼ばれている料理です」
『大変に美味しそうな鍋料理ですね…!』
「うっわ、めっちゃお腹すいてきた」
立香の腹はぐるぐると音が聞こえてくる。ガーリックの匂いにナッツの香ばしさもする、極めて食欲をそそる料理だ。
『唯斗さんは食べたことがあるのですか?』
「いや、見たことあるだけ。フランスにいるときにな。現代では、ジョージアの料理だ」
「アメリカのジョージア州?」
「カフカスのジョージア国だ。昔は日本語ではグルジアって呼んでた国で、現地名はサカルトヴェロ。英語名称の語源はまさにこちらの聖ゲオルギウスだ。ジョージアという国家の守護聖人だからな」
「少し照れてしまいますね。さあ、どうぞ」
ゲオルギウスに皿を渡され、鶏肉の入った温かいスープをスプーンで一口啜る。ガーリックとナッツの効いた油っぽい味付けは非常に馴染みがあって美味しい。
料理名はシュクメルリ、ジョージアの郷土料理として知られる。ジョージアはもともとグルジアと呼ばれていたが、ロシア語の発音に由来するこの名前は、ジョージアの強烈な反露感情によって変更するよう求められ、日本をはじめ各国府が変更したという経緯がある。
米国のジョージア州とは綴りも発音も同じだが、こちらは英領だった頃、英国王ジョージ2世からとられたものだ。とはいえ、このジョージという英語の名前もゲオルギウスに由来するものとされる。
「美味しい!めっちゃ日本人好みじゃない?」
「そうだな、ジョージアの食文化はめちゃくちゃ日本人に合うとされる。俺はヒンカリも好きだけどな。ジョージアワインの芳醇な甘さと辛さに合うんだこれが」
同じくジョージアの料理として、シュクメルリよりもメジャーなのがヒンカリだ。小籠包と類似した料理だが、中国のものよりも香味野菜やナッツが効いているのと、肉汁多め、かつ肉もラム肉であることがよくあるのが違いだ。
ジョージアは世界最古のワイン文化を持つ国でもあり、ジョージアワインは非常に香り高く、ほどよい辛みと豊かな甘さが特徴的な味わいである。
ヒンカリとワインのセットで200円ほどに収まるという物価の安さもジョージアの魅力だ。
唯斗も立香もシュクメルリに舌鼓を打っているのを、アルジュナ・オルタはぼんやりと眺める。それに唯斗が気づいて声をかける前に、ジークが話しかけた。
「アルジュナ?どうした?」
「…正直なところ。私には、味というものはよく分かりません。辛さや甘さであればなんとか、といったところです。しかし…きっとこれは、温かい、のでしょうね。マスターは、私の感じた味が、皆さんと違う雑駁なものであったとしても、それは私だけのものとして大事にして良い、と言ってくださいました。だから私は、この感覚も、善なるものと考えます」
そう言って、アルジュナ・オルタは薄く微笑んで唯斗を見下ろした。隣に座る唯斗は、かつて、まだアルジュナ・オルタの神性が高い頃に話した内容を今でも律儀に覚えてくれていると知り、同じく笑い返した。
ジークも、二人が培ってきたものを理解して微笑むと、「そうか」とだけ答える。
しかし、アルジュナ・オルタが次々とスープの具材を口に入れていくのを見て、少し慌てたようにする。