沈殿する澱み−23


あとは、このまま帰還レイシフトを待つだけとなるが、そこに、ふとカルナが唯斗に声をかけてきた。


「そういえば唯斗、プレゼントは決まったのか。あとはお前だけだ」

「あー…」


そういえば、そんなことになっていた。考える時間をくれと言ってそのままだった。
結局、立香と話して適当な菓子でも、なんて話をしたが、ここから見えるあまりにも美しい景色の前で、そんなことを言うのは、少し気が引けた。
嘘をつくのも躊躇われるほどの、そんな光景だったのだ。


「…まだ決められていない、か。いや、俺もお前が無欲な部類なのだろうとは理解しているが…俺たち英霊ならまだしも、今を生きる人であれば、欲や希望の一つや二つ、あるのではと…」

「…ま、まぁ、ほら、そういうのは人によるし、欲しいものは自分の力がいい、っていう人もいるじゃん?」


困ってしまった唯斗とカルナを見かねて立香が執り成そうとしてくれるが、このまま微妙な結果にしてしまうと、ここまで頑張ってきたカルナにあまりに申し訳ない。
少し自己嫌悪になりそうになっていると、不思議そうにアルジュナ・オルタが首をかしげた。


「マスターは、プレゼントとして欲しいものがないのですか?」

「…あぁ」

「ふむ。ならば、カルナに見繕ってもらえばよいのではないでしょうか」


すると、意外にもアルジュナ・オルタはそんな提案をしてきた。立香と話しているときにも一度候補には出たものだが、カルナには難しいだろうとなしにした。事実、カルナもその提案に渋い表情を浮かべる。


「…正直なことを言うと、俺は具体的な願いや欲するものを叶えるのは慣れているが、相応しいものを用意する、というのは、あまり自信がない。サンタとして、不適当なものを贈るのは二流だろう」


しかし、そんなカルナの言葉にも、アルジュナ・オルタはふわりと笑う。


「いいえ、マスターであれば、マスターを想って贈られたものに…それも、カルナ、あなたのような大英雄から贈られたものであればなおさら、なんであれ喜ぶでしょう。料理が味だけではなく、それを作った者の想いや関係性で価値が決定されるように」


これも唯斗がアルジュナ・オルタと以前話したことだ。美味しいかまずいかで善悪が決まるのではなく、誰かのために作ったものであれば、その想いがある限り、どんな味でも悪ではないのだと。
確かに、プレゼントも同じだ。唯斗が、カルナが唯斗を想って用意してくれたものを、なんであれ喜ばないはずがない。

唯斗だけでなく、立香にとっても盲点だった。自分のことなのに、とは思わずにいられないが、立香も唯斗も、今回の一件をどうにかする、ということが目的になっていた時点で、「もらって嬉しいもの」という発想をしていなかった。
それに気づいて内心で反省する。立香もそうだろう。適当に場をいなそうとして、一番大事なところに思いが至っていなかった自分に、少なからずショックを受けているはず。

だが、カルナは意志を固めたようで、ひとつ頷いた。


「分かった。俺が考え得る限りのものを用意しよう」

「…ありがとな。アルジュナが言った通り、カルナがそうやって俺のことを考えてくれた、ってだけで、ほんとに嬉しい」

「お前やマスターが、いつもサーヴァントたちにしていることでもあるがな。ではアルジュナ、お前はどうだ。何か欲しいものはあるか」


さらりとカルナが言った言葉に、唯斗も立香も虚を突かれる。先ほど、自分たちの考え方に自己嫌悪しそうになっていたものが、カルナのその一言だけで、ふっと浮上するようだった。
思わず立香と顔を見合わせて、そして互いに苦笑する。これが英雄というものだ。

一方、アルジュナ・オルタはカルナの問いかけに少し悩んだかと思うと、おもむろに唯斗のところまで浮かんで移動してくると、唯斗を抱き締めた。
浮いているアルジュナ・オルタの腕の中に抱かれ、胸板に顔を押しつけられるように抱き寄せられる。


「わ、どうした」

「私は…この現界に応じて、マスターに出会い…こうしてマスターと共にいられるだけで、あまりに満たされてしまっています。マスターの傍にいると、それだけで、他に欲しいものなど…ええ、ですが、強いて言うなら…私も、不寝番に混ぜて欲しいですね」


心の底から満足そうに言って、アルジュナ・オルタは唯斗を抱き締め続ける。肌寒い山頂ということもあって、その温もりは心地よいが、まさかアルジュナ・オルタがここまで唯斗に好感を持ってくれるとは思わなかった。


「そうか、分かった。騎士王とムッシュ・ド・パリ、食堂のアーチャーに打診しよう」


律儀にカルナが頷いたところで、帰還レイシフトが始まる。
この数ヶ月、アルジュナ・オルタと一緒に過ごす時間が非常に長かった。その末にこの朝焼けを見られたこと、そしてこうして距離が近づいたことは、唯斗にとっても良い成長になったのではないだろうか。

そう思って見上げたアルジュナ・オルタの顔は、柔らかく微笑んでいて、きっと異聞帯で唯斗が主張した、人間をある一瞬の善悪で断じて変化に期待しないのは悪だという言葉を、すべて理解してくれたのだろうと思えた。


199/359
prev next
back
表紙へ戻る