始まりの惨劇−2
青く輝くカルデアスが照らす管制室。その最上段で、スタッフ一同はついに査問団を出迎えた。
「ほほーう!いい!いいではないか!こんな地の果ての工房に期待などしていなかったが、そこらの工房よりよっぽど近代的だ!」
大きな声で喋りながら入ってきたのは、恰幅の良い中年男性で、ゲルマン系らしい金髪の金持ち然りとした風体の男だった。あれがゴルドルフ、いかにも資産家の魔術師だ。
「そしてそこに立っているのがレオナルド・ダ・ヴィンチか。かの天才の複製品にしてはよくできている。やはり、使い魔は美しい女の姿をしているに限る」
唯斗は魔術師を特に嫌ってはいないが、一番不愉快だと思うのは、サーヴァントを「使い魔」と呼び捨てることだ。
そもそも自分が魔術師である自覚はない唯斗であるが、魔術師の家系である以前に、唯斗にとって歴史とは自分に居場所を与えてくれた存在だ。その歴史を生き、前に進めてきた者たちである英霊を使い魔と呼ぶこと自体が不愉快で堪らなかった。
すると、ゴルドルフの背後から、とてつもない美貌とプロポーションをした女性が現れた。ピンクの長い髪に豊満な胸が今にもジャケットからはみ出しそうになっている。
唯斗の脳内に「痴女」という単語が浮かんでしまい、慌てて振り払った。
「その発言は若干セクハラかと♡あのサーヴァントは田舎の町工場レベルとはいえ、所長不在のカルデアを1年まとめあげた人物です。まずは仲良くした方が得策かと」
「ははは、コヤンスカヤ君、そういうことは耳打ちで伝えてくれたまえ、耳打ちで!」
あの女性はコヤンスカヤというらしい。「痴女」から「悪女」にステータスが変わった。
ダ・ヴィンチは特に気にしたようでもなく口を開く。
「世界中の人間がこぼしたであろう言葉だが、世辞として受け取っておくよ。ようこそ、人理継続保障機関カルデアへ。長旅ご苦労様、ゴルドルフ新所長。私のことは気軽にダ・ヴィンチちゃん、それすら難しければキャスターで結構だよ」
「…ではキャスター。前所長オルガマリー・アニムスフィア、所長代行ロマニ・アーキマン。両名が職務不能となったあと、特例として所長代行を務めてくれたようだが、その役目もここまでだ。ご苦労。現時刻より、カルデアの全権は私が引き取る。そして…早速だが、君たちを拘束させてもらおうか。誠に遺憾だがね」
その言葉とともに、管制室にいきなり武装した男たちがなだれ込んできた。銃口をこちらに突きつけ、スタッフたちは驚いてざわめく。
つい癖で臨戦態勢になろうとしたマスター二人とマシュに、小声でダ・ヴィンチが囁く。
「三人とも落ち着いて」
ダ・ヴィンチはそれだけ言うと、にこやかに男たちを見渡す。
「おおっと、これは穏やかじゃないな。拘束?拘束と言ったのかい?おかしいな、その謂われはないはずだ。なぜなら査問会が終わるまでその結論は出ていないし、すでに外でその結論が出ているのならより大規模な制圧チームが派遣されるはずだ。つまりこれは君の独断。魔術協会に連絡を取ってもいいのかな?」
ダ・ヴィンチの反論にゴルドルフは焦ったように小声でコヤンスカヤと相談したが、何やら態度を持ち直す。
「まだ船には人員を3倍ほど残してある。これは魔術協会の意向だと思いたまえ。なに、私は他の特権思考の奴らのように、魔術の通じない者たちを奴隷のように扱ったりはしない。紳士的な対応に感謝することだ」
「…なるほど。それにしても、なぜカルデアを買い取ったんだい?こんな僻地の工房、旨みはないと思うけど?」
「それを判断するのは私だよ。7つの部門に切り分けて売りに出されていたカルデアの全部門を、私財をはたいて買い取った。時計塔の連中は自分たちの知識に還元される部分だけをほしがるからな。そういう時計塔の者たちが私は嫌いでね。組織とは人体だ。やれ片手だけ欲しい、心臓だけでいい、などとは暴力的にも程がある。まぁ、血液であるスタッフは総入れ替えさせてもらうのだがね!」
唯斗はそんなゴルドルフの言葉を意外に思った。言い方はあれだが、それは核心を突いている。資産家に過ぎない名門であるが故の距離感だろうか。
そこに、別の冷徹で低い声が落ちる。
「ゴルドルフ新所長、そろそろ査問を始めても?」
「おお、その通りですな言峰神父」
「私は聖堂教会から査問団顧問として派遣された神父、言峰綺礼という。短い間だが、苦楽を共にせんことを」
体格の良い男、聖堂教会の神父である言峰という人物も査問団の一員らしい。
聖堂教会は、キリスト教会の中で汚れ役を担う組織のことだ。魔術協会の魔術を異端として長く敵対してきたが、「吸血鬼」という共通の敵を討伐するために表向きは協定を結んでいる。
吸血鬼については、唯斗の家柄は専門ではないためあまり詳しくは資料を見たことがなかったが、人類史において遥か昔から生き続ける原始的な神秘生命のようなものであるらしい。
そうして、結局カルデアのスタッフは全員、謹慎室に4人1組で待機させられることになったが、唯斗に関しては、ゴルドルフの意向で一人部屋となった。それは特別待遇ではなく、兵士の一人を直につけて監視するためだ。どうやら、ゴルドルフは唯斗のことを潜在的な敵とでも思っているようだった。