回顧−8


キリシュタリアやデイビット、オルガマリーから思ってもない高評価をもらってしまった唯斗だったが、オルガマリーの思惑はやはり甘かったようだ。
Aチームに対して善戦した唯斗に対して、僻みやっかみはむしろ増長された。ただ、実力も正しく知ったことで、主立った唯斗への罵詈雑言や嫌がらせはなくなった。
それでも、陰口はもちろんのこと、唯斗の主要な訓練への参加やAチームとの訓練を止めさせるようオルガマリーに圧力をかける名門の候補たちは、その動きを強めていた。

レイシフト実行を1ヶ月後に控えた6月末、いい塩梅にぬるま湯が続く状況を享受していた唯斗だったが、ある日突然、カドックに呼び出された。
唯斗の部屋を尋ねてきたカドックに、「話がある」と外に連れ出されたのだ。

廊下を歩き始めると、沈黙が嫌になったのか、カドックはからかうように言った。


「…それにしてもお前、配布された植物をすべて枯らしてたんだな。あの様子じゃ、もらったその日から世話してなかったんだろ」

「そうだな。特に世話する意味もないし。枯れてからも片付けるのも面倒だからそのままにしてる」

「まだ病室みたいな元の状態の方がマシだろ。ま、それでも気が狂いそうになる無機質さだけどな」

「俺にはちょうどいい」

「…あっそ」


そこで会話は終わる。話があると言って呼び出したのはカドックであるのに、会話が続かないことで居心地悪そうにしているのもカドックという不思議な状況だった。

そうして、人気のないボイラー室に近い通路までやってくると、ようやくカドックは立ち止まった。


「…単刀直入に聞く。あんた、悔しくないのか。悔しいって感情すらないのか」

「…何が?」

「チッ…自分の置かれた状況だよ。どんなに頑張っても努力しても、父親のせいでなかったことにされる。どんな成績も家柄のせいで認められない。それが悔しくないのかって話だ」


なぜこんなことを聞かれるのか分からず、唯斗は首をかしげてしまう。そんなことを知ってどうなるというのだろう。


「…別に、なんとも。やらなきゃいけないからやる、それだけだ。周りの目も評価も、俺が生きる上で不必要なもんだ」

「……、それだけの魔術回路や素養を持っていながら、努力さえすれば時計塔でも主席になれるレベルのポテンシャルを持ちながら、あんたは低レベルなヤツらの妬みの対象として消費されるんだぞ。それに、なんとも思わないってのか」

「なんとも思わない。無駄だろ。そんなことを思ったって、殊勝な態度とったって。誰も助けてくれるわけでもねぇし、俺はそもそも助けはいらない。一人で誰にも邪魔されずに生きていけるならそれで十分だ」


なぜか、本当に理由は分からないが、カドックはひどく悔しげな表情を浮かべていた。その理由が分からず、つい聞いてしまう。


「なんでお前が悔しそうにしてんだよ。Aチームなんだから、お前だって周りから妬まれる側だろ」

「…僕が?周りから妬まれる?…あぁそうだろうな。僕みたいな平々凡々な魔術師がAチームでキリシュタリア様と同じ任務につくなんて、って思ってるヤツらは掃いて捨てるほどいるだろうな」

「いや、そういうんじゃなく…」


カドックは苛立ったように「うるさいな」と遮った。唯斗は口を閉じる。カドックもさすがに、唯斗の意図と違うことを言ったことは分かっているようだ。


「確かに僕はAチームに配属された。けど、僕はいつまでもAチームでは最下位だ。当然だよな。才能も優しさも家柄も持ち合わせた超人キリシュタリアに魔眼持ちの名家オフェリア、変人ながら実力の高すぎるベリルにペペロンチーノ、デイビット…芥ヒナコはお前に近いスタンスだけど、あいつだってずば抜けた実力を持ってる。マシュ・キリエライトはそもそもカルデアで過ごしてきた存在らしいから別枠として、僕はどうしたって一番下だ」

「それでもBチーム以下のヤツらとは格が違うだろ」

「いや。魔術師としてはBチームにも劣るさ。名家の出も多いしな。レイシフト適正が高いからAチームなだけで、たかだか200年ぽっちの家柄の僕じゃ、基本の素質から違う。ペペロンチーノは、魔術師としての素養と人理修復の適正は別、なんて言ってくれたが…そうは言っても時計塔の連中は僕のような存在を疎ましく思っているだろうな。魔術師としては三流で間違いないんだから」


卑屈なことを言い始めたカドックだが、唯斗もその感情は理解した。
生まれもったものに恵まれたにも関わらず上昇志向がない唯斗に苛立っているのだ。自分は努力を重ねてやっとAチームの椅子を手に入れたというのに、生まれ持ったものだけでAチームと戦って見せた唯斗が疎ましいのである。

そして何より、そんな矮小なことを考えてしまう自分が一番嫌いなのだ。

そこまでしてカドックは、認められようと努力している。きっと、血の滲むような努力だ。だからこれだけ感情を動かせる。
何事にも、生きることも死ぬことすらも無気力な唯斗は、当然、そんな感情を動かすことなどない。それだけ何かに本気になったことなどない。だから悔しさも感じない。悔しいという感情を感じるほどに何かに取り組んだことがないからだ。

唯斗は何か気の利いたことを言える立場でもなく、またその能力もないが、何も言わずに立ち去るわけにもいかないため、この際まっすぐ言ってしまうことにする。


「…俺はそもそも魔術師じゃないし、良い印象もない。けど、初めてすごい魔術師がいるんだなって思った」

「は?キリシュタリアのことか?」

「あれは『そう生まれた』類いだろ。ベリルとかペペロンチーノ、デイビットもそうだ。オフェリアも近いけど…でもカドックは努力でここにいる。それだけは、他のAチームの奴らが為し得なかったことだ。それを達成してるから、すごいと思った。カドックのことだよ、初めて俺がそう思った魔術師は」

「…な、はぁ?僕に世辞なんて言ってどうする」

「俺が世辞を言う人間に見えるか?俺にそんな社会性感じるのかよ」

「……まったく」

「なら受け取っとけ」


それだけ言うと、唯斗は踵を返す。これ以上の会話は互いに不要だろう。無気力な唯斗と、努力家のカドックでは、相容れないのだ。


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