閻魔亭繁盛記−3
レイシフトを終えて目を開けると、そこは深い森の中だった。
鬱蒼とした森でこそないが、人里はおろか人工物の影もない。
「…まぁ、なんかあるだろうとは思ってたけど、のっけからか」
「案の定、はぐれているようだね」
隣にはアーサーもいるが、他のメンバーは誰も見当たらない。立香たちも、ゴルドルフもいなかった。レイシフト座標がバラバラになってしまったようだ。
「ミス…っていうよりは、魔術的な干渉だろうな。ここまでバラバラになってるとなると」
「なるほど。一応は特異点、危険性はないとはいえ、何かが起きたことは間違いないわけだね」
「あぁ。ま、慰安旅行なんて都合よくいくとは思ってなかったしな、とりあえず…」
唯斗は近くの木から適当に大きめの葉をちぎり取ると、魔術回路を起動して葉に魔力を含める。一瞬だけ、唯斗の手から輝く魔術回路の光が葉に伝播した。
「
探せ」
短く唱えれば、葉はひらりと唯斗の手を離れて、空中をひらひらと動き始めた。不自然に空中を舞いながら山中を奥へと進んでいく葉の後に続いて、唯斗も歩き出した。
「マスターは魔術でできることの幅が広がったね」
「本来の魔術師にとっては基本も基本だ。逆に、家柄に対して俺があまりに魔術を知らなさ過ぎただけだ。落ちぶれた家であってもな」
「けれど、おかげで現代のIT技術にもそれなりに明るいだろう?新所長はタブレットに苦戦していたようだし」
「IT万歳だな」
唯斗は軽く笑い、アーサーとともに道なき道で葉を追った。
魔術師は、魔術回路によって演算や思考ができるため、PCが生来埋め込まれているようなものだ。そのため、電子機器でできることは大抵、自力でできてしまう。そのせいで、魔術師たちは現代の技術に対して極端に弱かった。
たとえば、今の唯斗の魔術は、葉に魔力反応を辿らせ、何らかの魔術が行使されている場所に向けて道案内させるものだ。
魔術師は家系によって扱う魔術が異なるが、こうした捜索系の魔術も魔術の系統によって異なる。ルーン魔術であればサーチのルーンを刻んで行うし、ウィッチクラフトであればカラスなどに行わせることもある。
唯斗の家系は召喚術だが、これくらいの初歩的な魔術であればあまり魔術のジャンルというのは関係なく、相性のいいものであればできてしまう。唯斗にとっては、ブルターニュのメンヒルに込められた魔力による魔術に端を発するため、初歩的なものはルーン魔術の仕組みを使っている。
ガンドはもちろん、今のもブルトン語で「探す」という意味の言葉を述べながら、それをトリガーにして葉に展開された魔力探知術式を起動した。
ちなみに、雨宮家は陰陽道系の召喚術だったため、唯斗は性質としては陰陽術による術式も使えるはずなのだが、魔術の勉強をしていたのはフランス在住時と日本への一時帰国時のみだったため、難解な日本語が理解できず、ほとんど学んでいない。
しばらく葉を追いかけて歩いていると、おもむろに木々の間から開けた空間に出た。
急に視界が広がり、そして、目の前に巨大な和風の建築物が出現した。
「…へっ、なんだこれ」
「これは…すごいね……」
どうやら温泉宿のようだ。深い谷を跨ぐ朱塗りの欄干が特徴の橋がかかっており、それを渡った先、谷の反対側に正面玄関がある。
建築技術を度外視した増築による複雑な多層構造をしており、この世のものとは思えない。
「…どう見ても建築基準法に反してる、日本の一般建築じゃない。それに、魔術による結界が張られてる…いや、気づかないで結界を超えてたけど、あれは外の世界からここを隠すものだな」
どうやら、葉が反応していたのはこの建物を隠す結界だったらしい。ただ、それは排他的な結界というよりは、境界線を明らかにするためのもの、というほうが正しいようだ。
すんなりと超えてしまったが、これはいわゆる「神隠し」にあたる現象だろう。恐らく、レイシフト座標はこの結界に阻まれてしまっており、転送位置がバラバラになってしまったようだ。
「マスター、藤丸君やマシュの気配がある。あの建物で間違いない」
「分かった、じゃあ普通に正面から行こう」
アーサーが気配を辿ってくれたため、唯斗は二人で橋を並んで渡り、正面玄関へ向かう。アーサーは一応警戒していたものの、剣は抜いていなかった。
そうしてエントランスに入ると、少ししてパタパタと羽ばたきながら雀が現れた。愛らしいふっくらとした見た目の雀だ。
「また人間のお客様チュン!やたら顔のいいご新規二名様チュン!」
「あー…はじめまして、カルデアのマスター、雨宮唯斗という。予約とかはないけど…その、藤丸立香、ってやつ知らないか」
「チュン!カルデアのお仲間チュン?それなら悲しいお話があるチュン」
丁稚雀というらしいその雀は、立香たちに起きたことをチュンチュン鳴きながら話してくれた。
どうやらゴルドルフ、ディルムッド、フィンが盛大にやらかした結果、この旅館が一年間かけて集めた「感謝の気持ち」を出雲に奉納する予定だったものが、祭壇の破壊によって消えてしまい、急いで再集積しているとのことだった。
立香たちは、とどのつまりバイトとなっており、急いで感謝の気持ちを集めるべく身を粉にして働いている。しかも、集めきれなかった場合には豚になる呪いがかけられているそうだ。
つまり、一蓮托生である。
遠い目をしながら、唯斗とアーサーは、慰安旅行から旅館バイトに転じることを理解したのだった。