閻魔亭繁盛記−7
なんとか夕方までに大きな露天風呂の修繕が終わった。源泉かけ流しの湯舟には、豊かな温泉が満たされており、湯気が立ち上る。
すると紅閻魔は、修繕してくれたお礼ということで、今晩はレイシフト組だけで利用することを許してくれた。一般客への開放は明日からとのことだ。
男湯は立香、ディルムッド、フィン、ゴルドルフが先に入りに行っていたが、唯斗はチェックアウトするマリーたちの大量の荷物の運搬を手伝っていたため、夜遅い時間になってしまった。アーサーは唯斗に付き合ってくれていたこともあって、ようやく二人で露天風呂にやってきたところだ。
「おお…」
思わず唯斗は感心した声が出た。すっかり写真で見るような大きな露天風呂になっている。必死にきれいにした甲斐があった。
「とても風情があるね」
アーサーもあたりを興味深そうに見渡している。こうして見ると、温泉旅館にやってきた外国人観光客っぽさがある。
とりあえず体を一通り洗ったところで、大きな湯舟に向かう。縁石を跨いでお湯に浸かると、全身を熱い湯水に包まれて、すぐに体中が温まる。
「あー…やっぱ湯舟っていいよなぁ……」
「カルデアはシャワーだけだからね」
アーサーも笑いながら、唯斗の右隣に腰を下ろす。二人で並んで縁石に寄りかかる。
あまり視線を下ろすと、光が反射する水面からアーサーの下腹部が見えてしまうため、目線をそらす意味でも、唯斗は頭も縁石に預けて夜空を見上げた。
山中だけあって星空が見える。礼装を着ていないため、普通に寒い冬の空だが、だからこそ温泉が身に染みる。
「本当は、マリー王妃のことがなくとも、時間をずらすようお願いするつもりだったんだ」
「え、なんで」
「君の肌を見せたくなかった。それだけだよ」
アーサーはそう言って微笑む。水に濡れた前髪をかきあげて、額を晒している状態の男は、その目元を緩めてこちらを見つめていた。
「ッ…、そうかよ…」
あまりアーサーに翻弄されることはなくなった唯斗だが、大事な場面でときめかせてくるあたり、さすが騎士王と言わざるを得ない。
隠れるように口元までお湯に沈むと、アーサーは小さく笑ってから、少しだけ雰囲気を変えて口を開いた。
「…最近、眠りが浅くなっただろう」
「っ、」
その指摘に、唯斗は別の意味でドキリとする。確かに、何度か悪夢に目が覚めて、アーサーがそれに気づくことはあった。多くは、悪夢の中で明晰夢だと自覚してやり過ごすことで深い眠りに落ちていけたが、たまに失敗するのだ。
週に一度は不寝番が別のサーヴァントになるとはいえ、ほとんどはアーサーが隣にいる状態で寝ている。バレないとまでは思っていなかったが、こうして改めて指摘するということは、心配させてしまっているようだ。
もしも、どんな夢を見ているのか言ってしまったら、アーサーはひどく心配するだろう。
だがかといって、悪夢の元になっている異聞帯攻略の旅をやめるわけにはいかない。そう、これはどうしようもないことなのだ。
汎人類史を救うという目的のために戦っている以上、これくらいの反動はあって当然だ。
恋人であるアーサーを頼れないわけではない。いたずらに心配させたくない、という気持ちも、ゼロではないが小さくなった。
ただ、考えてもどうしようもないことで心配させるのは嫌だった。この悪夢に解決策はない。罪の意識は、自ら背負うと決めたものだ。
異聞帯の人々を滅ぼして生きていくことを決めたのは、それでも戦うと覚悟したのは、その罪を直視すると決意したのは、ほかならぬ自分自身なのだから。
ただ、悪夢のことを話さずともアーサーを頼ることはできる。
「…そうだな、ちょっと、異聞帯の旅は、さすがに疲れる。いろいろと。だから、眠りが浅くなることもあるんだと思う」
「……そうかい?」
「あぁ」
そう述べて、唯斗は体を起こしてから、右側に倒した。アーサーの肩に頭を乗せて凭れると、アーサーは腕を回して唯斗の肩を抱く。
唯斗はしばらくそうしてから、今度はアーサーの足の間に移動した。この広い温泉で、まるでバスタブに一緒に浸かっているかのような態勢だ。
「…狭くないかい?」
「んー、でも落ち着く。ほら、アーサーの足の間にいるの、めちゃくちゃ安心するから」
特異点や異聞帯の旅の合間にも、よくこうしている。アーサーの足の間に座って、体をアーサーに預けたり、胸板に顔を埋めるようにして抱き着いたり、もぞもぞと体の位置を変えてひたすらにくっつく。
「ふふ、ルルハワやラスベガスでも、こうしてバスタブに入ったね。状況としてはそちらの方が近いかな?」
「そうだな。ルルハワでもベガスでも、こうやってバスタブでくっついてるときって、夜通し頑張っちゃったときだろ。アーサーが、頑張ったね、って甘やかしてくれるから好き」
「…今そんな可愛いことを言われるのは…困ってしまうな…」
「我慢な」
むくりと腰に触れた固いものは、残念ながら今晩は出番がない。明日は早朝から仕出しがある。
アーサーの上体に凭れて肩口に顔を埋めていると、長い長い息を吐いて、アーサーは唯斗の後頭部を撫でまわしたのだった。