閻魔亭繁盛記−8
翌日、唯斗は主に客たちへの食事の配膳役を任されていた。立香たちは娯楽室や貴賓室など他の施設の改修に集中している。
なぜ立香ではなく自分が、とは思わないでもないが、普段自分たちに従っているサーヴァントたちに奉仕するような立場になるのは新鮮で、案外楽しんでいるのは事実だ。
そうして、夕食の配膳を行うために各個室を回っていると、ディルムッドの部屋にあたった。ランサーの方のディルムッドだ。
「ディルムッド、晩飯持ってきた」
「マスター!今開けます」
引き戸を開けて姿を現した美丈夫は、唯斗の姿を見るなりパッと顔を輝かせる。
「かたじけない…!あなたが配膳なさっているというのなら、自ら取りにまいりましたものを」
「これはこれで楽しいから大丈夫だ。ほら、中入っていいか」
「では扉を閉めていただけますか?こちらはお持ちします」
「あぁ……って、あれ」
ディルムッドに言われて、つい御膳を渡して扉に手をかけるが、別にこんなことをする必要はないと気づき、してやられたと理解した。
「あのなぁ…」
「主に食事を持ってこさせるなど言語道断です」
ディルムッドは実に鮮やかな手口で唯斗の仕事を奪い、自分の御膳を畳に置く。きちんと漆塗りされたテーブル型のものであり、床に置いて食べるものだ。
仕方なく、唯斗は酒を注ぐ方にシフトする。
「何飲む?日本の酒もあるけど」
「食事に合うものであれば、なんでも結構です」
「ん、じゃあ吟醸でいいか。はい」
唯斗は猪口を手渡し、徳利から透明な酒を注いでやる。わずかな量に、ディルムッドは首をかしげて「テイスティングですか?」と尋ねた。
「こうやってチビチビ飲むんだよ。最近のヨーロッパじゃ、グラスで飲むこともあるみたいだけど」
「ほう、なるほど…それではいただきます」
ディルムッドはぐいっと猪口を一気飲みする。サーヴァントだから滅多に酔うことはないものの、ヒヤヒヤしてしまう。
「おお、これはなかなか…!芳醇な味わいですね。何より、透明な水のようで、とても奥深い…マスターに注いでいただいたから、ということも相まって大変おいしいです」
「そ、そうか」
誰が注いでも味は同じはずだが、ディルムッドが食事に手をつけたため、唯斗は下がろうと立ち上がる。
しかしその前に、ディルムッドは唯斗を呼び止めた。
「マスター」
「ん?」
「セイバーの私は、あなたに何か粗相などは働いておりませんか。私の記憶や感情を有する以上、あの霊基はあなたを欲するかもしれません」
「あぁ、まぁなんか口説かれはしたけど、何事もないな。セイバーの方は、よりフィンと一緒にいられることの喜びが大きいっぽいし、前の剣豪勝負でかなり満たされたみたいだから、あんま欲を見せてないんじゃないのか」
「確かに、それはそうですね。ならば、彼はあなたを守る、大切にするという目的意識の方を強く持っている状態でしょう。マスターのおっしゃる通り、この私は王、フィン・マックールへの罪悪感が強い存在。彼は戦士として、私は騎士として。いささか性質を異にしているようです」
ディルムッドはどうやら、セイバーの方が唯斗に何かしていないか心配していたらしい。ここに来たのもそれが理由だろう。
しかし、セイバーのディルムッドは、フィンとともに戦うことの方が至上命題としている節があり、生前の全盛期の性質が色濃い。ランサーのディルムッドは死後の悔恨が濃く、命を全うしたディルムッドとしての性質が強いため、そのあたりのマインドはセイバーの方とは大きく違うようだ。
「なんであれ、俺とともに過ごして、俺のことを守ってくれたのはお前だよ、ディルムッド。セイバーの方だって、マスターが立香であることをきちんと弁えてる」
「…はい、マスター」
ディルムッドは唯斗の言葉に微笑んで、唯斗の左手を取ると、手の甲に浮かぶ魔術刻印にキスを落とした。右手の令呪ではない。
「…あぁ、キスした場所が異なることを疑問に思われているのですね」
唯斗が疑問に思っていることに気づいたようで、ディルムッドはさらに笑みを深めた。するりと左手の甲が撫でられる。
「サーヴァントとしてマスターへの忠義だけでなく。私個人から、あなた個人への忠節、忠誠、そして愛を含んでいるものですので」
「はは、相変わらず重いな」
「不快でしたか?」
「や、安心する。ちゃんと俺のこと、見ててくれ。俺が俺でいられるように」
「マスター…?」
これくらいの感情を向けられていれば、むしろ安心してしまった。その理由が口をついて出てきたが、唯斗は自分でも驚く。そんなことを口にするとは思っていなかった。
勝手に出てきた言葉に自分で動揺するが、ディルムッドは優しく笑うと、「もちろんです」と答えた。
何も聞かず、ただ、ありのまま大事にしようとしてくれているのだろう。
ディルムッドはしきりに理想のマスターに出会えたと言ってくれるが、きっと、それは唯斗にとっても同じことだ。