閻魔亭繁盛記−10


夜も次第に遅くなってくると、上の階から盛大に盛り上がる歓声が聞こえてくるようになる。どうやら宴会が開かれているようで、立香とマシュは恐らくそちらの対応をしていることだろう。
英霊たちのバカ騒ぎを遠くに聞きながら粛々と業務をこなしていき、やがて最後の部屋になった。

カートに残った御膳もこれで最後である。

サーヴァントの部屋であることは分かっているため、唯斗は気軽に声をかけた。


「失礼する、夕食を持ってきた」

「あー…はいよ」


聞こえてきた声は明らかに気まずそうで、唯斗も内心でげんなりとしてしまう。
この声の主は斎藤一だ。あの日、シミュレーターで軽い口喧嘩のようなものをしてしまって以来となる。斎藤も、あの一件を気まずく思っているようで、唯斗に近づくことはなかった。

引き戸が開いて、中から長身のスーツ姿の男が現れる。ビジネス客のようだ。


「…、運ぶから、中入っていいか」

「悪いね」


にこ、と取り繕うように笑顔を見せたが、その表情は完璧だ。すべての感情を隠した笑みに、薄ら寒いものすら感じる。

御膳を抱えて畳に膝をつき、丁寧に座椅子の前に卓を置いて後ろを見上げ、飲み物を尋ねようとした。
しかし振り返ったその目の前に斎藤の顔があり、至近距離でこちらをじっと見つめていた。あまりにも気配がなく、アサシンでもないのにここまでできるのは、生前からそうだったとしか思えない。


「っ、えと…飲み物、どうする」

「はは、すごいね。この状況でそれ聞ける?マスターちゃんもそうだけど、肝っ玉座ってるねぇ」


へらりと笑った斎藤だが、今度の笑みは本物だ。作り笑いではない。どうやら、すでにあの日の唯斗に対する警戒心は鳴りをひそめているようだ。


「…用事があるなら聞く、この部屋が配膳の最後だし。ないなら業務に戻る」

「いいねぇ、冷静に場のコントロールをして、思考をクリアにしつつ相手の意思も確認する。マスターちゃんやマシュみたいな善良が服着て歩いてるような子たちと一緒に旅してるんだ、そういう子がいてくれるなら、僕も安心するよ」


そう言いつつ、斎藤は唯斗の質問には答えず、こちらの反応を引き出す言葉を繰り出した。コミュニケーションの主導権を渡すつもりはないようだ。
別に、唯斗とて会話を主導したいわけではない。だが、ただの世間話ではないであろうことを言われては、相手の考えがまったく読めない状態で口を開くのは警戒してしまう。


「そっか。で?何飲む?日本酒、焼酎、ワイン、ビールいろいろあるけど。新潟の吟醸が合う料理だって聞いてる」

「そうそう、相手の考えが読めない状態で自分の言葉を口にしたくないときは、役割に徹するのも常套手段だよね。でも、その基本をきっちり押さえるのは意外と難しい。よくできてるよ、雨宮君」

「…褒めてもらったところ悪いけど、俺、あんま気ぃ長くねぇんだ」

「へぇ?短気は損気よ?」


ニヤリとした男と会話を続けていることが馬鹿らしくなり、唯斗は立ち上がる。言葉にしていないが、「何かできるならやってみろ」と言外に煽っている斎藤に、ため息をついて口を開いた。


「はいはい。ヴィアン」


その瞬間、ノーモーションで左手の刻印が起動し、斎藤の頭から近くの沢の冷水がぶちまけられた。幸い、斎藤が立っているのは畳から木目になっている玄関部分、料理や畳は濡れていない。
水量も多くないため、髪が濡れたほか、あとは冷水が背中に入ったくらいだろう。


「つめッてェ、何すんだガキ」

「こんなガキ相手に威嚇とかだせぇぞ」

「っ、へぇ、言うじゃん」


斎藤はガシガシと濡れた髪の毛を混ぜ返してから同様に立ち上がる。


「…マスターちゃんが全然魔術できないから油断してたけど、君、そういやちゃんとした魔術師だったね」

「正規の魔術師じゃない。俺が学んだ魔術の多くは、カルデアでキャスター勢に指導してもらったもんだ。マシュが戦ってる間に立香を守れるように」

「同時に、マスターちゃんの身代わりになれるように?」


斎藤が少しだけ声を低くして続けた言葉に、部屋を出ようと一歩踏み出そうとした唯斗は足を止める。
そういえばあの日も、斎藤はグランドオーダーの記録をすべて確認したから唯斗に一言申しに来たのだ。第六特異点でのことも知っている。


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