閻魔亭繁盛記−11
唯斗は動きを止め、何も言わずに斎藤を見上げる。すぐ近くに立つ斎藤は、少しばつの悪そうな表情になった。
「あー…その、ね。第六特異点で、君が太陽の騎士相手に自分を犠牲にしたの、魔術師特有の命の価値観によるもんだと思ってたわけよ、僕ってば。でも、この前君とアルジュナのこと怒らせた話を、一応マスターちゃんに報告したらさ、もう烈火のごとく怒られちゃって」
「…え、立香が?」
ようやく、斎藤は本題であろうことを話し始めた。しかも、驚くべきことに、斎藤はあの一件を立香に叱られていたらしい。
「インドの、褐色で赤髪のアーチャーいるでしょ?彼ですら、マスターちゃんの怒りっぷりに『しびれるぜ』なんて言ってたくらいには」
「珍しいな」
「そ?まぁ、ほかならぬ君のことだからだろうけど」
アシュヴァッターマンをして痺れると言わしめるほどの怒りっぷりとは想像もつかない。立香のことだ、怒鳴るようなものではなく、淡々と怒りを示したことだろう。
「…君が、苦しい過去の上にカルデアにやってきて、マスターを守るために努力してきたこと、レムナントオーダーあたりからはもっと積極的にマスターを支えようとしてくれたこと。今回の異聞帯攻略ではずっと寄り添ってくれてること。全部話したうえで、仲直りするまで出撃禁止令出されちゃったんだよね」
「閻魔亭に来たのはそのため?」
「ダ・ヴィンチちゃんだっけ?気ィ利かせてさ。マスターちゃんが怒った件を聞いてたらしい。マスターちゃんにも、さっきチェックインのときにめっちゃ圧かけられたよ」
気まずそうだったのは、機会をうかがっていたところ、予期せぬタイミングで唯斗の方から来てしまったからか。いろいろ理解してきた唯斗は、思わず呆れてしまう。
「あんた、それで余計な会話から入ったわけだ。あれ全部動揺してたのか?」
「まァ、半分ね。どうしよって思いながら口ぺらぺらさせるの、僕得意だからさぁ。君が優秀なマスターであることも理解できたから、悪くなかったとは思ってるけど…もっと怒らせちゃったかな」
「別に。つか、仲直りも何も、そもそも直す仲はもとからないだろ。俺のことなんて放っとけばよかったじゃん」
「マスターちゃんに、君にとって歴史がどれほど大切か聞かされてたってのもあるし、あの日も、憧れの人に敵意を向けられたことは悲しいか、なんてあの神様に聞かれてたでしょ?一応、僕にも痛む良心はあるんでね」
謝るための機会を窺っていたのに、急にその機会がやってきて、つい余計なことを言ってしまったとのことだ。そこまでして謝罪しようと思っていたのは、立香に言われたからだけではなく、大人として、そうするべきだと思ったこともあるらしい。
「あんたの良心の呵責に付き合う道理はないんだけど」
「こりゃ手厳しい。けどその通りだね」
またも斎藤はへら、と笑う。この男が茶室組の日本サーヴァントたちと楽し気にしている様子や、立香と訓練している様子、新選組のメンバーと様々な感情を抱えながらも接している様子を見ていたことを思い出した唯斗は、もう一人のカルデアのマスターとして言うべきことは言ったと判断し、態度を切り替える。
「あの新選組だぞ、その斎藤一だぞ。後世の日本人として、敬意をもって接したいし、いろいろ聞いてみたいことだって、話してみたいことだってあった」
「え…」
「…そういう相手に、仲直りしなくていいだの、付き合う道理はないだの、言わされるこっちの身になってから、良心を痛めて欲しいもんだな」
少し声が震えてしまったことが悔しくて、拳を握りしめて視線を逸らす。乾き始めた床を見つめると、ぽん、と頭の上に手のひらが置かれた。
「…ごめんな、お前も、ただのガキなのによ。マスターと同じ普通の子供に、世界なんて重たいもの背負わせてるってのに、冷たい態度とったな」
おちゃらけたものとは違う、低い声。真面目なトーンでようやく謝罪を口にしたが、それでも少しずれているため、唯斗は頭に乗った手を払ってじとりと睨み上げる。
「違う。世界の命運とかそういうのは関係ない。ただ、俺にとって歴史も、それを紡いできた英霊も、大切なんだ。あんたのことも、あんたへの憧憬も、大切なんだよ。後世の人間の勝手な感傷に付き合う必要はないけど、踏みにじるくらいなら放っておいてくれ」
「っ、俺が?」