閻魔亭繁盛記−12
斎藤はきょとんする。今日一番、感情がそのまま出ている表情で、主語も変わってしまっている。恐らく、素に一番近い様子だろう。
「いや、いやいやいや。宮本武蔵とか、織田信長とかならまだしも、幕末人切りサークルよ?ていうか、君のサーヴァントなんてそれこそ、騎士王にファラオに人類最古の王、なんなら鬼武蔵こと森長可だっているわけでさ。新選組にしても、副長や沖田ちゃんなら後世に名も知られてるだろうけど、僕は、ねぇ?へらへら生き延びた一ちゃんだし?」
「…動揺してても口が回る、ってやつ?」
「っ、お前なァ…!」
ついで、ぺらぺらと聞いてもないことを喋り始めたのを見て、これが先ほど言っていたことか、と感心してしまう。
それを指摘すると、斎藤は笑いながらも口元をひくつかせたが、少しだけ耳が赤くなっている。この男が照れるとは思わず、唯斗はしげしげと見つめてしまう。
その視線に気づいた斎藤は、取り繕うのをやめて唯斗を見下ろす。
「…なにかな?」
「いや…あんた、こういうの慣れてんじゃねぇの」
「そりゃね?自慢じゃないけど、一ちゃんそこそこモテましたよ?指導した若者に尊敬されるのも常だったさ。でもなぁ、必死で駆け抜けた時代の先で、俺たちの名を知って、憧れを向けてくる後世の子ってのは初めてなわけ」
それは当然だ、100年以上未来の日本人と出会えること自体、英霊でなければあり得ないことだ。あるいは、サーヴァントとして召喚経験が多かったり、その経験を記憶・記録していたりするのであれば、初めてということはないはずだが、斎藤はこの現界が初めてだという。正確には、邪馬台国は特異点のため記録が座に残らず、今回が初めてだと認識している。
しかし、そんなことを抜きにしても、他人から向けられる感情に心を乱すような殊勝な男には見えなかった。
「そんな繊細な玉か、あんた」
「失礼しちゃうなぁ。ま、ただそのご指摘はごもっともだ。俺だって自分でも驚いてる。でもな、それだけお前の感情が本物だった。カルデアの長い旅路、その地獄のような苦しい旅を、凄惨な世界を、苦しい戦いを見てきたお前たちマスター…君は俺のマスターとは違って、カルデアに来る前から苦しい日々を過ごしてきたんだろ。それを乗り越える原動力が、歴史への思いだったということも、記録から知った」
斎藤はそう言って、再び唯斗の頭を撫でる。先ほどと違い、手袋が消えて素手になっている。
ふっと小さく笑った斎藤は、これもまた、作り笑いではない類のものだった。
「そんな君の感情だから、僕も思わず照れちゃうくらい、真摯に受け止めちゃったりしたわけ」
「そう、か…」
それならば、唯斗も今回はその手を享受した。髪を撫でる手に頬を寄せると、斎藤はまた笑みをこぼした。
「なーんか、猫が懐いてきたみたいだねぇ。マスターちゃんが『俺の可愛い唯斗をいじめないで』なんて言うわけだ」
「何言ってんだあいつ」
あずかり知らぬところでしょうもないことを言っている立香に呆れつつ、唯斗はそっと、頬を撫でる斎藤の手に触れる。
「…斎藤さんがあんとき言ったように、俺も、最初のころの自分を後悔することは多いんだ。今ならもっといろんなことできたのにって。でも、そうやって培ってきた立香やマシュとの関係性のことも、大事に思ってる」
「…あぁ」
「さっきもさ、俺みたいなのが立香たちと一緒にいて良かった、なんて言ってたけど。あんたみたいに、『普通の』感覚で立香に接してくれる人がいるなら、俺も安心できる。どうしても、俺はあいつみたいに、そういう普通の暮らしなんてできなかったから、埋まらない溝も、理解できないこともある。あんたは、たぶん、俺よりもそういうところ分かってやれるだろ」
立香にとって、斎藤は極めて新鮮なサーヴァントだったはずだ。1915年まで存命だっただけあり、その感覚は現代日本に近く、神話や古代の英霊とは違う。
何より、サーヴァントとして現界した斎藤の持っている感覚は、非常に現代的だ。それは、座から召喚されるにあたって知識がインストールされた際、もともと現代人に近い性質が合わさってまるで現代人そのもののようになったからだろう。
そういう人物は、今の立香にとって必要だ。