閻魔亭繁盛記−14


斎藤との関係を改善し、配膳用のカートを厨房に戻したころには、それなりに夜も遅い時間になっていた。まかないとして紅閻魔に出された軽食を食べてから、唯斗は次の業務である御膳の片づけと、食後のドリンクの提供に向かうため、再びカートを押して廊下に出る。

マシュが配膳していたのを途中から唯斗が引き受けた区画があるため、まずはそこから回収しに向かう。


「失礼する、食事が済んでたら片付ける」

「おや、マスターかね」

「あれ、エミヤも来てたのか」


部屋の中から返ってきた声はエミヤのもので、すぐに扉が開いて浅黒い肌が姿を現す。
エミヤは浴衣姿で、風呂上がりだからだろう、髪を下ろしていた。こうして見ると、非常に年齢が近い青年に見える。


「童顔だと思っただろう」

「今回が初めてじゃないけどな」

「ほう?」


エミヤはぐりぐりと唯斗の脳天を指で押し込む。「いてて」と言いながら避けると、エミヤは苦笑して身を引いた。御膳の回収に入っていいということだろう。
遠慮せず室内に入り、御膳をカートに押し込んでから、再び室内に戻る。エミヤは座椅子に座っていた。


「食後の飲み物どうする?」

「ふむ、では適当に果実酒をいただこう」

「じゃあ梅酒ロックな」

「承知した」


唯斗はロックグラスに氷を入れて梅酒を注ぎ、エミヤが座る座椅子の前にある大きな机にソーサーを敷いてから置いた。


「ありがとう」


なんだかこうしてエミヤの言うことを聞いて何かするのはひどく新鮮で、ディルムッドやサンソンに対して感じたのと同じかそれ以上に、いつもと違う非日常感を得られた。
それにしても、甘く上品な香りの梅酒はさぞ良いものなのだろう、エミヤが喉仏を揺らして飲んでいるのをつい見つめてしまった。

当然、視線に気づいたエミヤは、グラスをこちらに向ける。


「君も一口飲んでみるかね?」

「え、マジ?やった」


座椅子に座るエミヤの右側に膝をついて、グラスを受け取り一口だけ飲む。口の中に広がるまろやかな品格ある甘さに目を見張った。


「うわ、めちゃくちゃ美味しいなこれ」

「…そうか」


エミヤはそれだけ言うと、唯斗から返されたグラスをテーブルに置き、そして、おもむろに唯斗をぐいっと引っ張った。
予期せぬ行動に、思い切り唯斗はエミヤに抱き込まれるようにして倒れこむ。


「なっ、」

「油断しすぎだぞ、マスター」


咄嗟に避けようとしたこともあり、唯斗はエミヤの胡坐の上でエミヤに背中を向けている。後ろから抱き締められるような態勢だ。
英霊が一口で酔うわけがない、意図的に行っている行動である。


「ちょ、どうしたエミヤ」

「騎士王は作務衣姿の君に注意を促さなかったのか?」

「え…や、なんか言われたような…?」

「当然だろう、礼装と違って無防備だ。こうして、裾からすぐに手を入れられる」


そう言うなり、エミヤは前裾から手を差し込み、唯斗の胸板の素肌をすっと撫でた。エミヤにそうして肌を直に触れられるのは初めてのことで、びくりとしてしまう。


「エ、ミヤ…っ、」

「俺は手を出さない安牌ではない、とそろそろ自覚してもらいたいものだがね」


武骨な指が胸先まで至り、敏感なそこを摘ままれる。ダイレクトな衝撃が走り、ついエミヤの太い腕を縋るように握ってしまう。


「ぅあッ、ん、ちょっ、だめ、だって…!」

「しかし、もう2年以上になるというのに一向に学習しないだろう、君は。とりわけここは個室だ、カルデアのような監視も働きにくい。痛い目を見ておくか?」

「っ、」


エミヤは本気なのか、と息を飲む。体の内側が冷えるような感じがしたが、そこでぱっと腕が離された。解放されたようで、思わずポカンとしてしまう。
振り返ってエミヤの顔を見遣ると、呆れたようにしていた。


「…曲がりなりにも勤務中のスタッフを襲うわけないだろう。まぁそれはそれとして、君の拒否はあまりに弱すぎる。英霊相手なんだ、もっと激しく抵抗した方がいい」

「………いや、腰にあたってるもんのせいで説得力皆無なんだけど」

「否定しない、このまま君を抱いてしまうかどうか、五分五分で考えていたからね」


けろりとして言ったエミヤに、つい、唯斗は思い切り鳩尾に魔術強化した拳を叩き込んだ。「ぐふっ」とエミヤは呻いたが、当然ながら、まったくダメージはない。


「…そ、うだ。それくらい、思い切りやってしまっていい。行けると思ったら行ってしまうのが英雄というものだぞ」

「……俺がさっき抵抗したの、このままエミヤとすることになったら、最悪エミヤが座に還るようなことになるかも、って思って、それが怖かったんだ」

「分かっているとも。君がそういう優しさを持っていることに付け入ることも含めて、気をつけなさいと言っているんだ」

「それが英雄だって?」


むすっとして聞くと、エミヤは苦笑する。そして、唯斗の頬をかさついた指先で撫でた。


「それが男というものだ」

「……くそ、なんか納得しちまった」


英雄として、というよりも、男としての素直な姿勢だと言われてしまうと、他の者たちのことを思い返せば、なんだか納得してしまった。
唯斗はため息をついて立ち上がる。ちょくちょくこういうことがあるが、今回は旅先という空間にいつもと異なる和装、というのが、より事態を悪化させやすいようだ。ようやく、唯斗は危機感を持つことができたのは事実だが、それでもやりようがあっただろう、と、軽くエミヤをもう一度蹴とばしてから、唯斗はとっとと部屋を後にした。


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