閻魔亭繁盛記−15


その後もなんとか業務を終えて、ようやく今日一日の勤務時間は終了となる。いつの間にか、常に廊下に響いていた宴会の喧騒はなくなっている。
カートだけ厨房に戻すべく、廊下をガラガラとカートを押しながら歩いていると、曲がり角から大きな人影が現れた。

大柄な赤髪の男は、その剣呑な瞳をぱっと和らげる。


「おう!殿様じゃねぇの!」

「長可も来てたのか」

「まぁな!作務衣も侘びてんな!」


現れたのは長可だった。ずかずかと歩いてくるなり、唯斗のすぐ横に立つ。そして、カートの中身を覗き込んだ。


「おっ、酒あんじゃねぇか」

「何か飲むなら持ってくけど」

「おー…なら、そうすっかな」


長可にしては珍しく間があった。とりあえず頷かれたため、唯斗は長可の部屋に案内してもらい、カートから希望された一升瓶を取り出して部屋に入る。
テーブルにいったん一升瓶を置いてから、猪口に注ごうとした、そのとき。

突然、唯斗の体はひょいっと担ぎ上げられていた。


「う、わっ、何して…!」


長可に抱きかかえられたまま数歩移動し、そして、唯斗は布団の上に丁重に置かれる。そのまま、長可は唯斗の肩をシーツに押し付けるようにして後ろに倒した。


「へ……」

「なーんかエロい恰好してんな。着崩れしてんのは、作務衣での運動に慣れてねぇからか?」

「な、に言って…」


完全に唯斗を押し倒す姿勢になっている長可は、居室からの明かりだけが光源となっている薄暗い寝室で、その瞳を鈍く輝かせた。


「俺ァ他のヤツと違って遠慮しねェからよ、食えるモンは食うぜ」

「……非売品です………」

「うはははは!んだそれ!まぁ関係ねぇけどな!」


先ほどのエミヤのときとは比にならない焦りが沸き上がる。
唯斗とて気をつけていなかったわけではなかった。扉は開け放しているし、酒を注いだらすぐ帰るためにカートも廊下のど真ん中に鎮座している。そんな状態でことに及ぶわけがない、と思っていた。


「玄関が気になるか?」

「あ、当たり前だろ、つか勤務中だし」

「玄関は閉じておいたし、カートも室内に入れておいた。傍目からは平時そのものだぜ」


そうだ、この男はこれで大名経験者。バーサーカーだが理知的な側面がある。
完全にしてやられた。こればかりは、唯斗の油断というより、長可が一枚上手、かつ躊躇がなさすぎるといったところか。


「さァて殿様…本気で拒否すンなら止めてやれるかもしれねェが…どうだ?」


そう言って、長可は唯斗の耳元に口を寄せて、ふっと息を吹きかける。びくりと震え、長可の体を遠ざけようとするが、長可の手はすでに作務衣の前裾を寛げており、唯斗の胸板に触れていた。
爪の先で引っ掻くように乳首を弾かれ、長可の分厚い体を離そうとしていた手はただ縋るだけになってしまう。


「ひッ、ん、っ、だめだ、やめ、ろ、長可…!」

「口だけで静止しても説得力ねェぜ、殿様」


ニヤリとして、長可は顔を胸元に近づける。そして、その先をおもむろに口に含んだ。熱いぬめりに包まれて、アーサーに開発されきってしまったそこは、極めて容易に快楽を拾った。


「ッあっ!んッ、な、がよし…っ!」


必死に唯斗は長可の上体を押し返そうとするが、まったく力が入らない。それでも、腕を拘束するようなことはしないのは、無理強いするつもりはないということだ。
単にじゃれているだけのような唯斗の抵抗であっても、抵抗すること自体は許している。止める、というのも嘘はないのだろう。
エミヤが言っていた通り、行けるなら行ってしまおうという魂胆だ。

最悪の場合、アーサーを令呪で呼び出すしかない。だが、そうなれば確実にアーサーは長可を殺そうとするだろう。

斎藤にやったように、冷水を転移させる、何かしらの鈍器で殴る、ガンドでスタンさせるなどの手段を一度試してからにしよう、と考えていると、突然、玄関の扉が開かれる音がした。


「入るぞ〜、マスターを襲ってる大名さん」

「っ、アーラシュ!?」

「チッ」


なんと、押し入ってきたのはアーラシュだった。ゆったりとした足取りで、いつも通りの笑みを浮かべて寝室まで入ってくる。
興を削がれたように、長可は唯斗の体からどいた。


「ちょいとばかり視えたもんでな。回収しに来たぞ」

「千里眼ってやつか。ハッ、命拾いしたなァ殿様!」

「いや…命拾いするような事態に追いやるなよな…」


唯斗は正論のはずだが、アーラシュは唯斗を抱き上げながら、呆れたように笑う。


「ったく、今のマスターならちゃんと抵抗できるだろうとは思っていたが、まァ、老婆心だな。ちゃんと気をつけろよ」

「え、俺が悪いのか」

「隙だらけだぜ殿様よォ。敵なら俺が殺すが、俺もまた、その隙を利用するぞ」


布団の上で胡坐をかいた長可に言われ、唯斗はなぜ自分に責任があるかのような流れになっているのか解せない。とはいえ、アーラシュが言っていたように、先ほど考えていたような手段を用いれば長可も止まってくれただろう。この男は、唯斗の意思を裏切ることはまずない。返り忠に対する憎悪があるからだ。しかし、許される限りどこまでも攻めてくる。

いつになったら、こういう場面で強く出ることができるようになるのか。そんなことができる日が来るとは到底思えなかったが、唯斗はとりあえず、長可とエミヤには後日制裁を科しておこうと弱い決意をした。


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