閻魔亭繁盛記−17
「マスターが英霊を拒否できるわけないだろう、どれだけ大切に思われているか、分からない君たちじゃないはずだ」
「そりゃ分かってるさ。だが、それも英雄との付き合い方だ。嫌なことを嫌だと示せないのが、潜在的な恐怖心によるものなら、克服するには実践しかねぇだろ。じゃなきゃ、本当に悪意を持ったヤツに付け込まれる」
そのアーラシュの言葉に、唯斗もアーサーも息を飲んだ。潜在的な恐怖心、というのがどういうことかはいまいち分からなかったが、アーラシュがいろいろと考えていたことに驚いている。
アーサーは少し考えるそぶりをしてから、唯斗を見下ろした。
「…そうか。マスターがサーヴァントたちに迫られても拒否しきれないのは、他者に拒絶されてきた経験しかないからか。その上、相手が憧れの英雄たちともなれば……」
「……つまり、俺は誰かに拒絶されたことはあっても、誰かを拒絶したことがないから、ただでさえ強く出られない相手であるサーヴァントには尚更拒否できない、ってことか?」
「そういうことだぜ、マスター。まぁ、お前さんはあれだ、誰かが近づく前に避ける形で拒絶することはあっただろうが、懐に入ってきた相手をあからさまに拒絶したことはなかっただろう。そういうコミュニケーションを、ほとんどしてこなかったんじゃねぇか」
確かに、それはその通りだ。いつだって唯斗は、拒絶される側だった。もちろん、立香との諍いはあったが、立香自身を拒絶したことはなかった。
アーラシュの言う通り、一人でいようとして自分から距離を置いてきたこともあり、距離を詰めてきた相手を拒否するようなことがなかったのだ。
「…自分じゃ、分からないけど…まぁ、そうかもしれない」
「怖いンだろ、拒絶したら嫌われるんじゃねぇか、って」
「っ、」
ずばりと言われたそれは、否定しようがなかった。これが無意識の恐怖心というものだろう。拒絶したことがなかったから、もしそれをしたらどうなるのか分からず、怖かった。
唯斗が恐れていたものは、唯斗に迫ってくる英霊たちを拒否した先で、その関係性が壊れてしまうこと。それを恐れてしまうのは、経験がないからだという。
「大丈夫だ、マスター。俺たちは確かにお前さんをやらしい目で見てるが、しかし傷つけたいわけじゃない。嫌がることはしねぇさ。もちろん、食えそうなら食うけど、本気で嫌がられたら潔く手を引くだろうよ。でも、だからといって何かが損なわれることはねぇ。俺たちはマスターが大切だ。サーヴァントだから大切なんじゃなくて、唯斗、お前さんだから大切なんだ。そういう関係を、この旅で築いてきたんだ」
「アーラシュ…」
「だから安心しろ、どれだけ手酷く閨で拒絶されても、けろっとするぜ、俺たちは。嫌ならもっとあからさまに抵抗していい。それを恐れて我慢しなくていい。わかったな」
「…ん、善処する」
「ま、今はそれでいいさ」
自分でも分かっていなかったことをアーラシュが指摘したのは、エミヤや長可との一連の出来事を千里眼で事前に見ていたからだろう。いい機会に指摘することにしたらしい。きっと、アーサーがここを通ることまで織り込み済みだったに違いない。
アーサーは呆れてため息をつきながら、唯斗を抱き締めたままアーラシュをじとりと見遣る。
「いい話みたいに言ってるけれど、唯斗に触れたことは許さない」
「セイバーの許しは別にいらねぇな」
「そういうやつらだと知っているよ。まったく…さあ唯斗、行こう。もう今日は勤務終了だろう?」
あっけらかんとするアーラシュはひらひらと手を振って廊下を歩きだし、アーサーは唯斗の腰を抱いて別方向へ向かい始める。
今まで距離の近づけ方しか学んでこなかったが、距離の取り方、というものもある。まだ少し難しいことに思えたが、アーラシュにこうやって言ってもらえたことで、心苦しい気持ちは不要なのだと分かり、少し心が軽くなった。