神代巨神海洋アトランティスI−1
「いよいよですね、先輩」
「そうだね、マシュ」
大西洋に浮かぶ巨大な嵐の壁への突入を目前に、緊張感から沈黙が落ちるボーダーのブリッジ。マシュはその緊張を紛らわせるように立香に声をかけ、立香も頷いた。
現在、シャドウ・ボーダーは大西洋があった白い大地を走行中である。前方にはいつもの嵐の壁が見えているが、それはあまりに巨大だ。あの中には、恐らく広大な海が広がっている。
その海を渡れるよう、ボーダーは外郭にノーチラスを憑依させており、巨大な一つの潜水艦と化した。
ゴルドルフも、緊張で顔を青くしながらも、現在の装備の充実を自分に言い聞かせる。
「うむ。外郭に取り付けたノーチラス、魔力による水流操作によって高速起動を可能にした新エンジン。衝角として証憑機構があれば、たとえ溶岩の中でも突き進めるだろう」
「もちろん、それだけの自信も経験もあるから任せて」
ネモは柔らかく微笑んで答えた。やはり、インド異聞帯後の虚数潜航訓練以来、態度が軟化したように思える。
『こちらシオン、通信状態も良好です。食料飲料、共に満タンになるまで確保しました。文字通り、現段階での最大装備です。これで失敗したら目も当てられません』
シオンも通信から準備万端であることを伝える。もはやカルデアは、これ以上の準備などできないという状態でここにやってきた。
ホームズはいつも通り泰然と応じる。
「なに、これで失敗したら来年の予算など考えなくていいのだ。ここでありったけ使っておくのが賢いやり方というものさ」
まさにオールイン、カルデアはすべてのチップをベットした。
そして、座標はいよいよ異聞帯の目の前へと至る。
「さあ、そろそろ嵐の壁に辿り着くよ。仮想証憑機構、起動開始。異聞帯事象照合/特定。衝角同化/成功。ザイルカット、虚数潜航・貫通モード。ゼロセイル、敢行!」
ネモの勇ましいかけ声とともに、虚数潜航が始まった。このまま異聞帯内部の海中に飛び込むのだ。虚数空間の潜航から、シームレスに海中の潜航に移る。
ガタガタと揺れる中、シートベルトを締めて座る唯斗の隣で、アーサーは唯斗の手を握った。
「…大丈夫。たとえどんな世界でも、カルデアならやれる」
「…そうだな。慢心じゃない、決意だ。ここが正念場、やるしかない」
キリシュタリアが管轄するこの異聞帯の攻略は、白紙化の解消に向けて最も重要な局面であり、最終決戦に等しい。だからこそ、すべての力を投入している。
やがて虚数潜航が始まると、体が置いて行かれるような独特の気持ち悪さののち、続けてすぐに実数空間へと戻る浮上が始まった。
今度は一気に体が感覚を取り戻していく気持ち悪さが駆け巡る。
数秒後、窓の外は一瞬にて青い海の中へと変化した。実数の海に突入したのだ。ここから、大西洋異聞帯の内部となる。
「浮上成功…海の空気が凍えるようだ。早速で悪いけど、みんなヒョウモンダコのように集中して。いつでも迎撃できるように」
トリトンの性質も持つネモは、海の様子が警戒に満ちていることを感じ取り、迎撃準備を促した。マシュはオルテナウスを換装し、アーサーも立ち上がって霊衣を整える。
「アーサー?」
「マスター、そしてみんな。もうすでに、気づかれている」
アーサーは固い声でそう言った。次の瞬間、艦内にけたたましい警報音が鳴り響く。ネモは慌ててソナーを確かめる。
「敵影、こちらに向かってまっすぐ!くそ、なんて目の良さ…!待ち伏せされている!恐らく、虚数潜航から実数確定までの僅かな間に場所を特定された!」
『どんな観測装置です!?それ!海に放り投げた石を音だけで探り当てるようなものですが!』
「音なんて立ててない、僕の潜水はイルカのように静かだ。周囲一帯、事象の揺らぎを観測し続けていたとしか思えない!それよりムニエル、海上をスクリーンに映して!」
ネモは矢継ぎ早にムニエルに指示を出す。急いでムニエルはホログラムの画面に、海上の様子を表示した。
そこには、光学エネルギーであろうレーザー製のセイルが張られた、特殊な装甲の艦隊が物すごいスピードで海面を駆け抜けている様子が映し出されていた。さらに、直上の海面にはカイニスが仁王立ちしている。
続けて、艦内に通信が入る。すでに途絶させられたノウム・カルデアからではない。これは、敵からの一方的な通信だ。
『カルデアから派遣された敵船に告ぐ。我が名はオリュンポス防衛軍指揮官オデュッセウス。通達する。我々は速やかに、お前たちを殺す。降伏も恭順も和平も交渉もない。お前たちが絶滅したと確認されるまで必ず殺す』
これまでの4つの異聞帯とはまったく異なる、明確な敵意。完全に、この世界は、カルデアを滅ぼそうとしていた。