神代巨神海洋アトランティスII−2


そうしてデイモス島に向けて海上を進んでいると、アルゴーにいる立香から通信が入ってきた。


『ねぇ唯斗、これから行くデイモスってどんな神様だったっけ?なんかギリシア神話の神の名前がつけられてるよね』

「デイモス、もしくはダイモスは軍神アレスと愛の女神アフロディーテの息子だ。兄弟にフォボスがいて、フォボスとダイモスはそれぞれアレスが象徴する火星の衛星の名前にもなってる。デイモスは恐慌、フォボスは敗走の神だ」

『え、なんかすごくネガティブな意味だね。アレスとアフロディーテの子供だから、もっと華やかな感じかと思った』

「アフロディーテはともかく、アレスはギリシア世界では不人気だったからな。戦いの神は何人かいるけど、やっぱりアテナやディオニュソスと比べて好戦的で野蛮だったところがその理由だ。それに、もともとアレスは野蛮なるトラキア地方の古い神格だったから、余計にギリシアの人々からは疎まれていた」


エーゲ海を挟んで、現代のギリシャ共和国とトルコ共和国にかけて広がっていたギリシア世界。文明の中心は、ペロポネソス半島に広がるアルカディア、バルカン半島本土のテッサリアとマケドニアであり、それよりも北側、ボスフォラス海峡の西からブルガリアにかけて広がるトラキアは外側にあたる場所だった。
トルコにあたるアナトリアは、メソポタミア系列の古代文明が大国を築いていたため常に敵対関係にあったが、トロイアのように大陸側に位置するポリスも存在した。

現在、ギリシャ共和国の領土にすべて組み込まれているのはアルカディアとテッサリアのみであり、トラキアはトルコとブルガリアに、マケドニアは北マケドニア共和国とセルビア、コソボ、アルバニア、ブルガリアと複数の国々にまたがってしまっている。
とりわけ古きマケドニアの地の大部分を占めるギリシャ共和国にとって、現代マケドニア共和国が「マケドニア」の名を冠することは許せないことであり、この国がスラヴ系民族であることもあって、長年「マケドニア呼称戦争」とも称される論争にあった。
マケドニアがEUに加盟できなかったのもこの問題による。
そのため、北マケドニア共和国に国号が改称されたのだ。


『アレスって不人気だったんだ…あれ、でもアレスってゼウスの子供だったよね?ローマでもマルスにあたる神だし』

「現代では、戦いの神はアレスが有名だけど、当時はアテナがより軍神だった。これは、ギリシア世界の盟主たる最大ポリスのアテネの都市神としての権威付けっていう政治的思惑もあった。なんなら、アレスは軍神のわりに、ゼウスと人間の間に生まれたディオニュソスに負けてるしな。でも現代では、アテナはアテネの都市神として、ディオニュソスは狂乱と悲劇の神として、争いごとよりも他のイメージが先行してるから、結局、純粋に戦いの神としてはアレスだけがイメージとして残ったのかもしれないな」

『へぇ〜…って、アテネもディオニュソスもゼウスの子供じゃなかった?兄弟喧嘩ってこと?』

「まぁそうなるな。アテナは最初の妻であり知恵の女神メティスとの娘。アレスは神々の女王ヘラとの間に生まれた子供たちの一人。そしてディオニュソスはテーベ王女セメレとの間に生まれた息子だな。メティスは、ガイアとウラノスの間に生まれた兄妹オケアノスとテテュスの子だ。親子婚、兄妹婚で生まれた娘で、ゼウスとは従姉弟だな。ゼウスが姉弟婚した相手がヘラだから、ゼウスが姉ヘラとの間に生んだアレスと、ゼウスが伯母ディオーネとの間に生んだアフロディーテの間に、デイモスが生まれたってことだ」

『頭おかしくなりそう』


つらつらと話す唯斗に、立香は呻くように言った。通信越しにそれを聞いたボーダーからは苦笑する声が聞こえてくる。
それも仕方ない話だ。なにせ、現代ギリシャ共和国では、小学校の必須科目に神話がある。つまり、一つの独立した科目として存在できるほどの分厚さがあるということである。


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