永久凍土帝国アナスタシアI−1
虚数潜航から1週間が経過した。
1週間といっても、それはグランドオーダー中のカルデアがやっていたような自主的な時間の観測であり、実際には経年していない。
朝7時には起きて、朝食後のブリーフィングを行い、その後はトレーニングや船内の清掃などを行っていた。特に清掃は意外と重要で、虚数潜航の維持に追われるスタッフたちに代わって清潔に保つことで、物理的にも精神的にも衛生的であろうとした。
エミヤに教わった掃除術を活用しながら立香と掃除をしつつ、たまに唯斗はデッキでホームズやダ・ヴィンチの手伝いをしている。
7日目の朝も同じように、レーションを食べてからアーサーとデッキに向かう。それなりに美味しかったが、グランドオーダーの最初期を思い出した。エミヤやブーディカが来てからカルデアの食事事情は大きく変わったのである。
唯斗とアーサーがデッキに入ると、ちょうど立香とマシュも入ったところだった。
「おや、おはよう4人とも。もう朝食は食べたのかな?」
ホームズはいつも通り落ち着いた声で朝の挨拶をしてくる。マシュもいつも通りハキハキと答えた。
「はい、今朝はイタリア料理風のレーションを」
「ほう、貴様ら下級職員はレーションかね。可哀想に。私は温かいフレンチトーストにミルクたっぷりの紅茶だったがね。これも船長としての務めだ。船員たちをまとめる職務にある以上、何倍ものカロリーを必要とするからね」
それに対して、ゴルドルフは堂々とそんなことを言ってきた。別に言わなくても良かっただろうに、ゴルドルフはまともな保存食を独り占めしている事実を告げてきた。
唯斗も立香もあまり拘らないというか、レイシフト先でもっとすごいもので命を繋いできたため、どうということはない。だが、アーサーは分かりやすくゴルドルフに殺気を向けた。
「なるほど、それは大役だ。それで?君は何ができるんだい?」
「な、なにかね」
アーサーの圧にゴルドルフは途端に怖じ気づく。これでも、アーサーの殺気のほんの片鱗にも満たない程度のものだ。本気のときは、殺気だけで殺せるのではというくらいの殺気を出す。
「スタッフには技術が。ダ・ヴィンチ女史とミスター・ホームズには頭脳が。マスターたちとマシュには現場での探索が。それでは君は?君にしかできないことは?君がここにいる理由は?」
「せ、責任をだね、」
「どうやって取るんだい?責任とは社会的地位によって決定される社会性の文脈で語られるものだ。今や社会はこのボーダーの内部のみ、外界に対して責任を取れるわけではない以上、この船内で責任を取るというのなら…そうだね、僕はムッシュ・ド・パリのように専門職ではないから自信はないけれど、エクスカリバーの切れ味は保証しよう」
「ヒッ…!」
顔を青ざめさせたゴルドルフに、唯斗はそろそろかとアーサーに声をかける。
「アーサー、その辺にしといてやれ。レーション生活ごときで騒がれる方が面倒だ」
「君がそう言うのなら」
アーサーはすぐにゴルドルフから関心をなくした。カルデア崩壊の遠因となったこの男のことを、アーサーは優しくしてやるつもりはないらしい。もしくは、この男にこれだけのことを言えるのが、ブリテン王であるアーサーだけであるため、スタッフたちのガス抜きとなる言動を意識的に行ったのかもしれない。
ホームズはやりとりを見て爽やかに笑う。
「ははは、まぁ許して差し上げていただきたい、我らがアーサー王よ。日頃から我慢の効かない人間は良い食事を心がけるべきです。輪を乱す要因を紅茶一杯で防げるのならそれに越したことはないでしょう?」
「…いいだろう。私もマスターの優しさを無碍にするつもりはない。ブリーフィングの邪魔をしてすまなかったね」
「感謝します。では新所長、先ほどの続きですが」
「あ、あぁ…」
ゴルドルフは居住まいを戻すと、再び高圧的な態度に戻る。これがデフォなのだろう。