神代巨神海洋アトランティスII−8


こうしてゼウスはギガースをも退けたが、ガイアはさらにタルタロスと交わり、怪物の父と言われるテュポーンを生み落とす。テュポーンは、メデューサとポセイドンの孫にあたるエキドナと交わってケルベロスやスフィンクスなどの子を設けた怪物の父であり、オリュンポスを壊滅寸前まで追い詰める。
それでもゼウスはなんとか勝利し、テュポーンはエトナ山に押しつぶされ、以来エトナ山はテュポーンがもがく度に噴火するとされた。


「ギガントマキアによってゼウスの王権は確立される。一方で、神話での一区切りがついたところで、今度はギリシア世界に実際に生きる人間たちが、神話と自分たちを結びつけるために体系化を試みた。要は、王権神授説に近しい、王家の正当性を神話に関連させることだ」

『自分たちの祖先は神だぞ、ってこと?』

「そういうこと。アルカディア、テッサリア、ミケーネ、スパルタ、アテネ、テーベ…どこの王家も自分たちと神話を連続させるために、様々な話を神話に組み込んだ」


人間は元来、神々と同じくガイアの子として生まれたものと考えられていた。クロノスの時代に生まれた人間を黄金の時代と呼び、次に銀の時代、そして青銅の時代と徐々に人間の世代は変わっていき、ゼウスは青銅の時代の不完全さを疎んでこれを大洪水で滅ぼした。メソポタミア、そして旧約聖書に語られる洪水神話である。
やがて、人間は神々の血を引く英雄の時代に世代が交代する。これが、恐らく神話を体系化した時代にあって、王家の正当性を示すために政治的に組み込まれた部分だ。


「たとえばスパルタ王テュンダレオスは、妻レダがゼウスとの間に子を設け、その一人である娘ヘレネはトロイアの王子パリスに攫われてしまう。これがイーリアスに描かれるトロイア戦争の発端だな。レダは他にも、ゼウスとの間にディオスクロイという双子の神を設ける。ポルクスはゼウスの血を、カストロはテュンダレオスの血を引くともされたけど、そもそもディオスクロイはインド・イラン共通時代から存在していた双子の神だとされる。インドではリグヴェーダ時代からアシュヴィンという双子の神がいて、恐らくはアナトリアまで伝わっていたんだと思う。レダはレトと同じアナトリア土着の女神だったところを、あえて分離して人間として描くことで、アイトーリアとスパルタそれぞれにゼウスとのつながりをもたらしたんだろ」

『ディオスクロイってふたご座の神様だよね。カストロってケイローンの門下生で、イアソンとアルゴーに乗ってたんじゃなかったっけ』

『あー…まぁそうだな。とんでもねぇシスコンだったけど』

「そんなにヘレネが好きだったのか?」

『違う違う。ポルクスだよ。現代ではどっちも男みたいだけど、ポルクスは妹だ。あいつ、妹が絡むと面倒くさいんだよな』


驚きの事実である。どうやら、ポルクスは女性だったらしい。生前を知るイアソンが言うのなら間違いないだろう。


「…まぁ、なんであれ、権威付けに使われた英雄の時代は、トロイア戦争で幕を閉じる。大洪水による旧人類の淘汰、そしてトロイア戦争による英雄の淘汰。これによって増えすぎた人間の人口をゼウスは抑制し、人類は鉄の時代という寂れた時代、すなわち神話が編纂された古代ギリシア文明の時代に突入する」

『鉄の時代のあとはどうなるの?』

「ない。古代ギリシアはその後、アテネの植民都市だったローマが成長した巨大国家に併合され、独立した文明を喪失する。ギリシア神話を上書きして編纂したローマ神話が欧州全域を包み込み、やがてキリスト教の価値観がそれに取って代わり、西暦4世紀までに欧州は多神教から一神教世界に切り替わる。あとは、古代ローマ滅亡、ゲルマン移動、そして中世の始まりとアーサー王伝説やシャルルマーニュ伝説といった騎士道の時代になっていくわけだ」


随分と長話になってしまった。それだけギリシア神話というのは重厚なものであり、そして現代文明にまで続く礎になっているのである。
文明の母たるギリシアなしに現代は存在しない。では、そのギリシア神話の世界が今に至るまで継続していたら。

きっとそれが、この異聞帯の姿なのだ。


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