永久凍土帝国アナスタシアI−3
無事にシャドウ・ボーダーは実数空間へと帰還した。
そしてすぐに、様々な問題に直面していることを理解した。ある程度外界の様子やシャドウ・ボーダーの様子を確認できたところで、再びブリーフィングに入る。
「では一つ一つ解決していこう」
ホームズは、電算室から出てきたダ・ヴィンチを含めペーパームーンの周りに集まるスタッフたちを見渡した。
「まずはこの特異点らしき場所について。とりあえずは、この場所の調査、そして特異点ならば修正を行うという方針でいいですね?ゴルドルフ新所長」
「…うむ、魔術に携わる者である以上、特異点は見過ごせん」
まずこの場所だが、案の定、オプリチニキの本拠地だけあってロシアだった。座標としては、ロシア西部、旧スモレンスク近郊にあたる。
旧、としたのは、異常な外界にある。なんと外の気温は氷点下100度、魔術礼装がなければ2分と保たずに凍死する極寒の世界だ。とても町が機能しているとは思えない。
シャドウ・ボーダーは最低限の電力使用に留めるため、死なない程度の空調しかつけていない。そのため、すでに寒さが全員を足下から凍えさせていた。
マスター二人は礼装があるが、それでも寒いと感じるほどだ。一応、毛布を肩に巻いている上にアーサーが後ろから抱き締めてくれているが、足下の冷たさは変わらなかった。
さらに、ロシア西部は謎の巨大嵐によってぐるりと取り囲まれており、閉じ込められている状態だった。核爆発にも匹敵するエネルギーをもった嵐だ、突破することは不可能である。
「そして現在、シャドウ・ボーダーは装甲が破損しており動くことができない。ならば、誰かが外に行って然るべき人間と交渉し、装甲の修復に必要な素材の提供を受けつつ特異点の修正を行わなければならない」
「俺行きます!」
「…ま、当然俺と立香の仕事だな」
現地調査はマスターの管轄だ。名乗り出た立香と唯斗に、ゴルドルフは頷いた。
「現状、シャドウ・ボーダーで暇をもてあますのはお前たちだけだろう」
「…そう、確かに実戦経験豊富な人材は君たちしかいない。危険な方針だ、経営顧問としては忸怩たる思いだがね」
マシュはそれを聞いて視線を下げる。
「…では、唯斗さんの護衛はアーサー王、先輩の護衛はホームズさん、でしょうか……」
「…そうだね、私は言うまでもなくフィールドワークは得意だ。さっそく…」
「待て待て待て!貴様は待機だ経営顧問!この装甲車こそ人類最後の砦かもしれんのだぞ、戦えるサーヴァントに守らせなければならん!本当なら雨宮とアーサー王で護衛にあたるべきだが、魔術要素が使えないならただの剣士、マスター二人の護衛はアーサー王一人でいいだろう」
確かにシャドウ・ボーダーを守る人員も必要だ。戦闘能力の高いサーヴァントを二人も外に出すのはリスクがある。しかし言い方というものはあり、唯斗を後ろから抱き締めるアーサーの腕がぴくりと動いた。
ゴルドルフは立香を見遣る。
「貴様は査問会において我々の言葉に頑として頷かなかったな?『本当は世界を救ってはなかったのではないか』、それに対して『カルデアは使命を全うした』と…称賛に値する胆力だ。私は当然マスターを信頼するとも。いいな?貴様と雨宮はアーサー王一人を連れて調査に出向くのだ。我々はこの作戦室から通信により指示を出す」
「そんな…!先輩と唯斗さんにそこまで負担を掛けさせるわけには…!」
「では査問会での発言を撤回するかね?私たちは一年間、カルデアで惰眠を貪っていただけでした、と」
「アーサー」
唯斗はすかさずアーサーを呼んだ。いや、呼び止めた。
唯斗が名前を呼んだときにはすでに、アーサーの右手にはエクスカリバーが出現しており、見えない剣がその覇気を漂わせていた。
まったく気配も予備動作もなく、すでにいつでもゴルドルフを殺せる構えになっていることに、ゴルドルフはワンテンポ遅れて怯えた。
立香はそれをちらりと見てから、ゴルドルフをまっすぐ見つめ返した。
「もちろん、行きます」
意志の強い言葉は、それ以外の意味を含まなかった。その強さに、アーサーも剣をしまう。一言も言葉を発しないのは、一度そうすれば、ゴルドルフに対して何を言うか分からなかったからだろう。
落ち着かせるように唯斗はアーサーの腕を軽く叩いてやる。
すると、マシュも口を開いた。
「あの、私も、私も行きます!少しなら戦えますし…!」
「…私は反対だが。ダ・ヴィンチ、君はどう考える?」
マシュの申告に、立香は複雑そうにし、ホームズはダ・ヴィンチに意見を仰いだ。マシュの調整を行っているのはダ・ヴィンチだからだ。
「…悲しいことだけど、マシュもプロの調査要員だ。サーヴァントとして戦うことは基本禁止、立香君のサポートに徹する、その条件なら最高のパートナーだ」
唯斗はダ・ヴィンチの言葉をフォローするように、ホームズとマシュに続ける。
「戦闘はアーサーがメインだ。俺はアーサーへの指示と魔力が使えない分のフォロー。マシュは立香のフォローしつつ、マジでやばそうなときは俺が二人まとめて結界を張る。前みたく無尽蔵に結界を張ることも、上級の防御術式を展開することもできないけど、マシュは守ることに特化した戦い方が身についてる上にカルデアで俯瞰して索敵も行ってただろ。立香に近づく敵を見つける能力は抜きん出てる」
「そうだね、私とマスターで戦闘、マシュと藤丸君でフォローと調査。マシュの索敵で警戒して、結界が必要なときはマシュがマスターに結界の展開を依頼する。この流れで十分対応できるだろうし、それができない相手の場合は速やかに撤退する」
唯斗とアーサーのフォローもあって、ホームズは頷く。立香は安心したようにしてマシュを振り返った。
「一緒に行こう、マシュ!」
「はい、マスター!マシュ・キリエライト、マスターと共に現地調査に赴きます!」
いつだって、特異点探索はこの4人が基本だった。亜種特異点ではマシュが一時的に離脱していたものの、そのときの経験もまた活かせるはずだ。
特異点にしては、とても歴史が展開されうるような環境ではないこの場所だが、これが小さくも大きな一歩となるのだろう。