永久凍土帝国アナスタシアI−4
零下100度というとてつもない環境でも行動できるよう、マスター二人には極地用礼装というものが支給された。
これまで白を基調とした礼装だったが、逆に黒くなっている。
黒い編み上げブーツにグレーがかったズボン、黒い七分丈の上着に黒い手袋というもので、見た目は寒そうだが、確かに外に出ても問題ない。
猛吹雪の屋外は、カルデアの外の世界よりもずっと厳しい寒さと風の強さであり、さらにこのロシアを取り囲む嵐もあって、とても生命のありそうな光景ではなかった。
さらに、遠く北西の方角には何やら巨大なものが聳えているのが吹雪の向こうに見えていた。まるで塔か何かのようだが、この距離で見えていることを考えると、数千メートル単位のものかもしれない。人工物とはとても考えられなかった。そもそも、現在の地球に存在する建材では、1000メートルを超える建物は自重に耐えきれず自壊してしまう。
「さすがにちょっと寒いね」
「ちょっと寒いで済んでいる礼装がすごいですね」
マシュはそう言いつつ、紫のファーつきのコートを着ている。礼装と術式を組み合わせたものだ。アーサーはいつも通りの蒼銀の甲冑姿である。
まず4人は、ボーダーを出て霊脈を探すことになっている。北と東、次に南と西というように観測範囲を広げながら少しずつ進んでいくというものだ。
ざくざくと雪原を踏みしめながら歩いていると、突然、これまで聞いたこともないような獰猛な鳴き声が響いてきた。
「な、生き物がいるのか…!?」
『こちらでも敵性体を観測、数は…うわ、どんどん増えてる、まずい、取り囲まれてる!』
観測はダ・ヴィンチとムニエルが行っており、ムニエルの焦ったような声が通信で聞こえてきた。どうやら鳴き声で仲間を呼んで集団で狩りをする社会性を持っているようだ。
その程度の高度な知能を持った生命がいる、というのはにわかに信じがたい。
「早速囲まれたか…アーサー、南方面から突破する。マシュ、東と北方向の索敵。俺は南と西を見る」
「了解しました!」
「了解したよ、マスター」
アーサーはすぐに走り出すと、南からこちらに迫ってくる怪物たちに斬り掛かった。鋭い角を持った魔獣だ。第七特異点の魔獣に匹敵するだろう。
アーサーが剣だけで戦っている間に、今度は北からも接近される。
「唯斗さん!1時方向から接近!」
「マシュ、場所チェンジ!」
「はい!」
唯斗はマシュと場所を入れ替わると、北の方角から接近する魔獣に向けて強めのガンドを放った。吹き飛ばされた魔獣は吹雪に消え、さらに転移術式で雪の塊を別の個体にかぶせて埋もれさせた。
「チッ、固いな…」
かなり強いガンドでなければ怯みすらしない。おかげで、すでに右手の人差し指の爪が割れていた。
「唯斗、回復かける!」
「さんきゅ、」
立香はすぐに回復術式のスクロールを使って唯斗の手に回復をかけた。おかげで痛みが気にならなくなり、何度かガンドを撃って接近を許さない。
「マスター!南方面突破した!」
「よし、行くぞ!」
アーサーの声を聞いて、すぐに3人は走り出す。
しかしすぐに、近くの岩場の上からこちらに飛びかかる個体が現れた。突然のことに反応できず、魔獣が迫る。マシュに近づく敵性体に、咄嗟に結界を展開しようとしたが、それより先に銃声が響いた。
正確に魔獣の頭を貫き、一撃で沈める。同時に、男性の声がかけられた。
「クリチャーチの群れに突っ込むとかイカれてんのかお前ら!大方首都で食えなくなってやってきたんだろうが、辺境だって似たようなもん…何?」
吹雪の合間から姿を現したのは、暖かそうな毛皮の服に身を包み、近代後期の労働階級の帽子を被った、ふさふさの毛並みの狼男。構えた猟銃から、彼が助けてくれたのだと分かる。
互いに互いの姿に驚いて動きが止まる。
「て、てめぇら何者だ!?そのつるつるした顔面はなんだ!?」
「ま、待ってください!」
「話を聞いてください!」
マシュと立香が慌てて呼び止める。早速立香の人畜無害オーラが発揮され、獣人のような見た目の男は舌打ちをして魔獣の死体を持ち上げる。
「お前ら魔術師ってやつか?とりあえずついてこい。クリチャーチは臆病だが、仲間を呼んで際限なく押し寄せてくるんだ」
あの魔獣たちはクリチャーチというらしい。銃弾一発で倒せていたが、アーサーの剣では2回は攻撃を入れていた。
とりあえず、アーサーは唯斗の後ろにぴったりとつくようにして、4人で走り出す。現地人との邂逅だ。