神代巨神海洋アトランティスIII−17


「この海だけで、何度死にそうになったか分からない。何度も殺されかけて、何度も自分たちの実力ではないものに助けられた。もちろん、それが抑止力なんだと思う。けど、この先も戦って勝っていく、そんなイメージが…できない…」


最後の方は声が震えてしまった。思えば、こんな弱音を吐いたのは初めてかもしれない。絶望的な状況だけなら、第六特異点のキャメロット王城、第七特異点のティアマト、終局特異点のゲーティアなどグランドオーダー中にもあったし、新宿のモリアーティによる天才的な罠やセイレムの醜悪な裁判だってそうだった。

だがここまで追い詰められたことも、命を失いかけたこともなかった。

すると、アーサーは唯斗を腕の中に抱いたまま、唯斗の向きを変えさせた。正面から向かい合う形になり、アーサーは唯斗と額同士をくっつける。
すぐ目の前に翡翠の瞳が迫り、優しい色が視界を満たす。


「君とカルデアで再会して、3年半近くになる。その間、君の悲しみや怒り、憎しみ、後悔を受け止めてきたことはあったけれど、弱音を聞けたことはなかった。むしろ、僕の方が君に奮い立たされたことの方があったくらい、君は強い」

「そ、うか…?」

「そうだよ。藤丸君も弱音は吐かないけれど、君に対しては違うんじゃないかな?」

「…よく分かるな」

「彼も分かりやすいからね。何より、唯斗と藤丸君が培ってきた関係性を考えれば察するのは容易だ」


確かに、立香も唯斗も弱音など吐かない。しかし、立香はたまに、唯斗にはそれを吐露することがあった。立香が一人で抱えきれなくなったものを一緒に背負い、共有する時間が、新宿以降、何度かあったのだ。それは、第七特異点の北壁で、唯斗が立香に「必ず傍にいる、一人にしない」と言ってからだ。

とはいえ、立香が唯斗に伝える弱音なんていうものも、彼が心に秘めているものの一部でしかない。そこは、唯斗も立香も、互いにしっかりと立って戦い続けるために、口にしない方がお互いのためだと分かっているラインなのだろう。
それを言ってしまったら、お互い、足が竦んでしまうと分かっている。

だからこそ、立香がそれをマンドリカルドに言えたことは特別なことなのだ。きっと、マンドリカルドが己の過去を明かした上で、その弱さを共有したからだ。
唯斗はある程度魔術師として自分でできることが多いため、そうした「弱さ」を共有することはできない。立香にはこれまで、それができる相手などいなかった。

マンドリカルドと「弱さ」を共有したからこそ、立香はマンドリカルドに弱音を吐くことができた。それが、彼らを友人という関係にさせたのだ。

同時に、唯斗は立香がそういう相手に弱さを吐露できるようになったからこそ、今、アーサーにそれを告げることができた。少なくとも立香より先に弱音を吐いてはいけない、と無意識に思っていたのだろう。それは、正規の魔術師ではなくとも、歴史ある家柄に生まれた一級品の魔術回路を押しつけられて生まれて来たからだ。
そんな自分が、立香より先に弱さを見せてはいけないと思っていた。

そして、立香も唯斗も、それができるようになるまで、3年半を要してしまったわけだ。


「…アーサー、俺たち、この海を突破できんのかな…キリシュタリアに、勝てるのかな…」

「不安かい?」

「不安だし、怖い。何度も、もう駄目だと思った。今度こそ、駄目かもしれない。そう思ったら、怖い。怖いんだ…!」

「それは当然の感情で、本来なら、オルレアンのときからずっと感じているべきものだった感情だよ。君の強さや誠実さがそれを認めてこなかったし、事実君の心は強かったから、これまで表に出ることはなかったけれど。もちろん、それだけ君の心が育って鈍感ではなくなった、という側面もあるだろう。なんにせよ、とても健全な反応だ」


アーサーとレイシフトするようになったのはローマからだ。そのときにはすでに、唯斗は弱音など口にすることは決してなかった。それを感じるほど心が育っていなかったし、心が成長してからは、立香の手前、それをしなかった。


「……でも、一番怖いのは、死ぬことじゃない」

「世界が滅ぶこと?」

「アーサーを失うことだ」

「っ、」


しかし、唯斗が感じている恐怖の一番大きい部分までは、この男も理解していなかったらしい。息を飲んだアーサーに、唯斗は深く抱きついた。肩に顔を埋めて背中に手を回すと、アーサーも応じて、唯斗をしかと抱き締める。

唯斗は肩に顔を埋めたまま口を開く。


「ずっと、一緒に戦ってくれ。終わるときは、一緒がいい。すべての戦いに勝って、すべての旅が終わって、そのとき初めて、俺たちの終わり方を一緒に考えよう。それまでは…それまでは、置いていこうと、しないでくれ…!」

「…誓うとも。我がブリテンと聖剣に誓おう。君を置いて自分だけ終わるようなことは決してしない。すべての勝利を見届けるまで、僕は君の剣であり続ける。だからそれまでは、君も僕から離れないで」


一番怖いのは、自分が死ぬことでも、世界が滅ぶことでもない。ただ、アーサーがこの手から離れていくことだ。
この戦いの先への不安と恐怖を、初めて弱音として口にした唯斗は、存外悪くない心地だ。心が軽くなって、もう少し、戦える気がした。うまく受け止めてくれたアーサーのおかげだ。

そこに、通信が鳴り響く。招集の合図だ。
いよいよ、ネメシス島に向けて最後の戦いが始まる。


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