永久凍土帝国アナスタシアI−5
なんとか男に連れられて、ヤガ・スモレンスクという村に辿り着いた。本来はスモレンスクという人口30万人ほどの都市であり、ロシアとベラルーシの国境近く、ドニエプル川沿いにある古都だ。
この世界では、うまく山による風の緩和を利用して、比較的穏やかな場所に集落が形成されている。
その中の一軒に招かれて、4人は温かい室内に入ることができた。
「ありがとうございました」
立香は真っ先に礼を述べたが、男はつまらなさそうにする。
「あ?礼なんかいらねぇよ。代わりに何かよこしな」
「何か…どうしましょう、先輩」
『情報、というのはどうかな、そこの君』
「うわ、なんだこれ!?」
突然、立香の通信機が空中にホログラムを映し出した。ホームズの姿に男は驚く。
先ほど魔術師だと見抜いたわりに、魔術は見たことがないらしい。
ホームズはクリチャーチの密集地帯を観測して情報として伝えることを提案し、男もそれに乗った。
そのまま本題にいこうとしたホームズを制して、まず立香が質問した。
「あのさ、名前聞いてもいいかな?」
「名前、ねぇ。まぁいいか、あんたら呪いとかできなさそうだし。俺はパツシィだ。お前らは?」
「俺は藤丸立香、こっちはマシュで、こっちのイケメンは唯斗、背の高い方のイケメンがアーサー。通信の中の人はホームズ」
「ふーん。で、オプリチニキに追われてるってことは叛逆軍か?」
自然の流れで、パツシィはこちらの素性を尋ねた。当然の質問だが、見るからに、オプリチニキのいる権力側と「叛逆軍」とで二つの勢力があると分かる以上、迂闊に答えることはできない。
曖昧な答え方は不信感を与えるが、かといって間違った回答もできないため、ここは先回りできるよう、まずこの世界のことを知るところから始める必要がある。その上でパツシィの質問にも答えていくべきだ。
恐らくホームズも同じように考えるであろうことから、唯斗がまず口を開く。
「悪いパツシィ、俺たちも分からないことだらけなんだ。互いのことを明かし合う前に、この世界の最低限の情報をすり合わせたい。そうだよな、ホームズ」
『その通りだ。パツシィ君、早速質問で悪いが…今は西暦何年かね?』
「は?馬鹿げた質問だが…いいぜ答えてやるよ。西暦2018年だ」
パツシィも馬鹿ではないようで、まったく常識の通じなさそうなこちらに対して、まずは最低限の内容から始めることに事実上同意した。
ホームズの質問への答えに、唯斗はここが特異点ではないことを理解する。特異点は過去に発生するものだが、ここは現在だからだ。
『あの嵐に見覚えは?』
「俺は20年この地で生きてるが、あんなのは見たこともねぇ」
『なるほど。我々は嵐の外の世界から、嵐の内側に干渉できないか試して飛び込んできたのさ』
「………ふーん。で?そんなよそ者がなんでオプリチニキに追われてるんだ?」
『それが問答無用でね。正体すら不明なのさ。オプリチニキとは何者なのかな?』
「はぁ?そんなことも知らないで生きてきたのか。イヴァン雷帝の親衛隊だろうが」
嵐が発生したタイミングはごく最近であるという点からも、ここが2018年の4月であることは間違いない。そして、オプリチニキがイヴァン雷帝の親衛隊であるということも共通認識だ。なぜかそこは一致している。
イヴァン雷帝は16世紀の人物だ。ならば、これまでの経験から言えば、サーヴァントとして復活した、というようなことが考えられる。
「なんで今もイヴァン雷帝がいるんでしょう、サーヴァントということでしょうか」
「なんだそれ。イヴァン雷帝は存命だ。もう500年以上生きてるぞ、最古のヤガだからな」
そうしてパツシィが語ってくれたことこそが、この世界の根幹だった。
1570年頃、隕石の衝突によって氷河期が訪れたことで地球は極寒の惑星となり、ロシア以外の国々は滅亡。当時、治世の後半にあったイヴァン4世こと雷帝は人間と魔獣とを合成することで、極寒にも耐えうる新人類ヤガを発生させた。
自身もヤガとなることでロシア・ツァーリ国を存続させ、1割にまで減った人口をヤガ化して生き延びさせ、そして2018年まで国家を存続させた。