神代巨神海洋アトランティスIII−23


ヘクトール、イアソンと同じ第三特異点における敵であり、カルデアでは味方であり、そして今回、味方として現れてくれた。
パリスは目を見張ったあと、すぐに駆け寄る。


「あ、兄上!いったいどうして!?」

「簡単な話だ。今から宝具ドゥリンダナで月女神の砲撃を防ぐ。時間稼ぎのためだけに来たのさ。なにせ、アキレウスからの頼みだからな!」


どうやらアキレウスは、自らの体を触媒にヘクトールをカウンターとして召喚したのだという。この一撃、されど絶望的な一撃を相殺するためだけに。あくまでこれはカウンター召喚、唯斗とヘクトールの間には擬似的な契約があるが、通常のものよりも薄いものだ。


「…めちゃくちゃだ、ほんと」

「同意するよ、今このときだけのマスター」

「十分すぎる、ありがとう。令呪を以て命じる、アルテミスの矢を吹き飛ばしてくれ」

「…承った。一世一代の晴れ舞台、ありがとな」


令呪の二画目を受け、ヘクトールは魔力を漲らせて歩き出す。慌ててパリスは声をかけた。


「ま、待ってください兄上、まだ話が!」

「パリス!!」


普段のヘクトールからは考えられない張り詰めた声に、パリスは竦む。だが、振り返った表情は柔らかかった。


「お前はよくやってる。実のところ、俺からお前に話なんて残っちゃいないのさ。あとは…」


ヘクトールはそう言いながら視線を滑らせ、マンドリカルドに向ける。びくりとしたマンドリカルドに、ヘクトールは微笑んだ。


「任せたぜ、後輩」

「っ!」


その言葉を最後に、ヘクトールはオリオンの前に立ちはだかり、上空から迫り来る光の波濤に槍を構える。左手で標準を合わせ、右手をギリギリまで下げて槍を投擲する体勢になる。


「たとえこの身砕け散ろうとも!決して砕けぬ希望なり!」


ドゥリンダナに光が灯り、そして、空を禍々しく染める赤い光線に向けて投擲した。


不毀の極槍(ドゥリンダナ)!!行けえッ!!」


流星となった槍は破滅の光線を見事に打ち破り、再び高高度で大爆発が発生する。もはや成層圏より上層には雲一つ残っておらず、対流圏の雲ですらほとんど消えかかっていた。
先ほどよりも爆発が低い高度で起きたため、遅れて轟音と爆風が吹き付けてくる。

その中、衝撃で右腕を失い、大量に血を流したヘクトールは膝を着いた。


「オジサンは、ここまでだな…だが、どんなに絶望的な状況でも、俺たちにできることは、まだあるだろう?」


それでも、ヘクトールはパリスとマンドリカルドそれぞれを見つめた。兄であり王子であり、トロイアを籠城させた歴戦の将だけある。
パリスは頷いて、オリオンに向き直る。


「オリオンさん!僕が矢になる!」

「っ、パリスちゃん、それは…」

「できますよね、アポロン様!」


アポロンが象徴する権能は多岐にわたる。それを考えれば、端末に過ぎない羊の姿でもできるだろう。アポロンは少し言葉に詰まってから応じた。


「…できる。でもいいのかい?それは事実上の死だよ?」

「かまいません!運命というものがあるのなら、ここが分岐点。僕はここで立たなきゃいけないんです!」

「分かった。しかし時間が必要だ、誰かがあと10秒、時間を稼がなければならない。できるね、マンドリカルド」

「え…」


アポロンが促したマンドリカルドは頷く。それに呆然としたのは立香だった。
ああそうか、と唯斗は理解する。ヘクトールはアキレウスの縁で召喚できる存在であるのと同時に、マンドリカルドに最後の力を与えることができる存在でもあった。

その剣が木刀なのは、その権能の現れだ。

マンドリカルドはヘクトールの前で跪く。


「ヘクトール様。我が名はマンドリカルド、タタール王であり冒険者。生前、あなたの剣を持つまでは剣を持たないと誓いを立てた者。どうか…」

「皆まで言わなくていいぜ。許す。だが、オジサンからの忠告だ。しっかり挨拶は済ませておけよ」


最後にそう告げて、ヘクトールは消失した。あとは完全な消失までの間に、ドゥリンダナを手にしなければならない。


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