神代巨神海洋アトランティスIII−25


「それでは、ありがとうございました、マスター!」


同時に矢と化したパリスを掴んで、オリオンは弓に構える。そして、上空に向かって吠える。


「アルテミスッ!!!」


その獅子吼は辺り一帯に轟いた。矢をつがえ、弦を引き、オリオンはまっすぐに宇宙を見据えた。


「我、月の女神アルテミスを真に撃ち落とすため、己が冠位をここに返上する!」

「っ、グランドアーチャー…!!」


星座にまでなったギリシア神話最強の狩人であり弓使い。オリオンは、グランドクラスの英霊としてここにいたのだ。
冠位返上によって霊基は最大限に拡張され、輝く黄金の羊毛を纏った狩人が星を狙った。


「お前は俺以外の誰にも落とさせない!誰にもだ!」


人類の脅威と戦うための霊基クラスであるグランドの座。それを返上するのは、世界を守るためでもあるが、何よりも。


「孤高の空から落ちてこい!!」


空からは最後の矢が放たれる。迫るそれを見上げて、オリオンは優しく告げた。


「……―――俺も、一緒に落ちてやるから」


世界を救うためでも、散っていった仲間の復讐でもない。
ネメシスの名を冠した島、それは復讐と翻訳されることが多いが、本来は「応報」の名であり、個々人に割り当てられた因果を意味するものだ。
彼女を撃ち落とせる(救える)のは、彼しかいないのである。


其は、女神を穿つ狩人(オルテュギュアー・アモーレ・ミオ)


オルテュギュアーはアルテミスが生まれた島の名前であり、イタリアのシチリア島の中心地シラクサに浮かぶ旧市街でもある。そして、アルテミスの雅称でもあった。
イタリア語でアモーレ・ミオとは「我が愛」を意味する。ラテン語は後置修飾であるため、名詞のあとに形容表現が続いていくのだ。
すなわち、オルテュギュアーを我が愛と呼んでいる。それがこの第三宝具の名前であり、オリオンの、アルテミスへの想いそのものだった。

神を撃ち落としたものは、優しい愛だった。



すべてを終えたオリオンは、ようやく弓を下ろす。同時に退去の光に包まれた。

こちらを振り返ったオリオンは、清々しい表情をしている。


「俺はここまでだ。つらいだろうが、苦しいだろうが、悲しいだろうが、それでも…」

「…前に進むよ」

「それでいい。ありがとな、お前たちのおかげで、あいつを解放してやることができた」


オリオンはそう笑ってから、表情を引き締める。じきに消えるが、その前に忠告をしてくれる。


「気をつけろ、冠位が召喚されるのは、きちんとした理由がある。召喚術の名門がいるなら言うまでもねえだろうが…もう助けちゃやれねぇ、頑張れよ」

「大丈夫だ、彼らの旅路は、必ず僕が守り通す」


それに答えたのはアーサーだった。相次ぐ別れに直面する唯斗と立香に、あえて声をかけなかったアーサーは、ここでようやくオリオンに言葉を返した形だ。
オリオンは笑って「おう!」と答える。

そして、オリオンは立香の手を握った。


「じゃ、最後に握手だ」


立香はオリオンの手を握り、そして、ついにその目元から水滴をこぼす。唯斗の前で泣くのは初めてではないが、戦闘中に、作戦行動中に涙をこぼしたことはなかった。


「泣くなとは言わないさ。でも、後ろを振り返り続ける必要もない。歴史はそういったことの繰り返しだからな。お前たちもいつか、ドレイクのように誰かにバトンを渡す日が来る。そのときこう思うんだ。『こんなに誇らしい気持ちなのか』ってな。ああそうさ、俺は誇らしい!お前たちが、そしてお前たちを生み出したこの歴史のすべてが誇らしい」


唯斗は唇を引き締める。喉が詰まる感覚と、込み上げるものが鼻の奥をツンとさせる感覚が走るが、なんとか堪えて、立香とともにオリオンを見つめた。


「…じゃあな。後は…任せた!!」


最後に快活に笑って、オリオンは消失した。

オデュッセウス、アルテミスを倒したあとは、ポセイドンとの戦いが待っている。目元を拭った立香の背中を軽く叩いて、唯斗が代わりに通信に呼びかける。


「帰投する、座標送ってくれ」

『今送ったよ、北の浜辺に来てくれ』


ネモから指示を受ければ、立香も奮い立って前を向く。毅然とした表情は、オリオンが最後にきちんと言葉をくれたからだろう。これが大英雄かと思わずにはいられない。

そして、最後の戦いがやってくる。


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