永久凍土帝国アナスタシアI−6


一通り語ったところで、パツシィはホームズに教わった狩り場を試しに行くことにしたようで、家に立香たちを残して出て行った。
その間に、通信で情報を整理する。


「ホームズ、これは特異点というより、亜種並行世界…下総に状況が似てるんじゃないか」

『私も同意見だミスター。あの下総国は、イフの世界、すなわち特異点がそのまま継続したような、人類史から枝分かれしたもしもの世界だ。本来は剪定事象として刈り取られ消失する行き止まりの世界でもある』

「じゃあ、剪定されずに継続した場所ってこと?」


立香の言ったことがこの世界を端的に示したものに近いだろう。とはいえ、このあたりはまだ観測が必要だ。
続いて、このロシアについての情報をまとめる。


「立香、イヴァン雷帝についてはどれくらい知ってる?」

「最初にツァーリって名前使った人だっけ。あんまロシア史は勉強できてなくて…ロマノフ朝の創始者、ではないんだっけ?」

「最初からツァーリとして戴冠したのはイヴァン雷帝が最初だけど、途中からツァーリの称号を使ったのは祖父のイヴァン3世だな。王朝はリューリク朝で、雷帝の息子であるフョードル1世が崩御したあと、大動乱という内戦を経て、貴族の会議で選ばれたミハイル・ロマノフがロマノフ朝を始める」

「じゃあロシア帝国じゃないってこと?あれ?てかロシアっていつからロシア?」


だんだん混乱し始めたが、無理もない。東方の国際情勢は極めて複雑だった。


「もともとエルベ川より東、ドナウ川より北の東欧ってのは未開の地だったんだ。ローマ帝国時代からその版図にはなく、ゲルマン系やスラヴ系が原始的な生活を行っていた。395年のローマ分裂とその後のゲルマン移動による西ローマの滅亡、フランク王国の成立と分裂、そして東フランクが神聖ローマ帝国に、西フランクがフランス王国になって、ブリテンではサクソン人がイングランドを成立させ、イベリア半島では後ウマイヤ朝以降のイスラーム王朝とカトリックとの戦争が続いた。それが中世前半だ」

「ネロたちの時代があって、ゲオルギウスやスパルタクスの時代があって、そんでアルテラが来てローマは滅びて、そのあとゲルマン系の国家ができたことでアーサー王伝説やアストルフォたちのシャルルマーニュ伝説が出てきた時代だよね。フランク王国が分裂してフランスや神聖ローマ帝国になったあと、十字軍がローマ教皇庁の号令で始まって、13世紀に終わった」

「そう。その13世紀がミソだ。マジで世界史の分岐点だな」


ゲルマン民族は長子相続が基本であるため、家を相続できなかった次子以降は、十字軍に加わったりフランスと北イタリアをかけて神聖ローマ帝国が争ったイタリア戦争に従軍したり、あるいはエルベ川以東への東方植民に参加して欧州を東に拡張したりした。
東方植民は修道会の管轄であったため、修道士たちが開墾を行い、やがて修道会は事実上の政府のような役割すら果たしていく。


「ゲルマン系の神聖ローマ帝国では、あぶれた人口を傭兵や修道士にしてたな。兵士になった者たちは、フランスと戦うためイタリアに行くか、イスラームと戦うために中東に行くかどちらかだった。一方、東方植民に参加した修道会は徐々に国家のような形になった。それが騎士団であり、騎士団領という国家だ。主に、プロイセン地方からリヴォニア地方にかけてを勢力とした」


もともと聖地巡礼を警備する修道会であったものが騎士団となり、やがてドイツ騎士団となったものが、プロイセンを牛耳ることになり、そして最終的には現代ドイツの礎にまでなっていく。
そのドイツ騎士団の分派がリヴォニア帯剣騎士団であり、現在のラトビアやエストニアにかけてのリヴォニアという地域を支配した。


「リヴォニア帯剣騎士団とか名前めちゃくちゃ格好いいな…」

「やってたことは非キリスト教徒の虐殺、つまりは民族浄化だ。これによって、もともとバルト三国地域に暮らしていたリヴォニア人は絶滅した」

「うわ…」


こうしてバルト海沿岸はカトリック化が進んだ。一方、ポーランドやリトアニアには東スラヴ系の民族による国家が成立。同じく東スラヴ系のチェコやスロバキアも成立するが、チェコやスロバキアは早々に神聖ローマ帝国の中心であるオーストリアやハンガリーに吸収されていく。
ポーランドはスラヴ系でありながら早くにカトリック化しており、北側のドイツ騎士団とは険悪な関係ながらも、それより東側の異教徒の改宗を進めていた。その一つがリトアニアであり、当時欧州最後の非キリスト国家であった。

しかし13世紀になって状況は一変する。

モンゴル帝国の襲来だ。
これによって韓国からハンガリーまでが一つのモンゴル帝国という国家となったが、これはすぐに分裂し、中国・モンゴル地域の元とそれ以外とで大きくその様相を変えた。

東欧地域にはキプチャク=ハン国という国家が成立するが、ほぼ国家の体裁ではなく、この不思議な政体をジョチ・ウルスともいう。
ジョチ・ウルスの支配下に入ったのは、ポーランドやリトアニア、リヴォニアよりもさらに東側に暮らしていた東スラヴ系の民族、ルーシ人だった。ルーシ人はジョチ・ウルスの支配下で細々と暮らしており、小公国をつくってジョチ・ウルスに朝貢していた。


「その朝貢国家の一つ、モスクワ公国のイヴァン1世は、ルーシの小国を束ねて朝貢を集金して、まとめてジョチ・ウルスに支払う代わりに大公国の座を得た。これに端を発して徐々にモスクワ大公国はだんだん自立していって、ついにイヴァン3世の時代にジョチ・ウルスと決別した。一方で、ノヴゴロド公国みたいなバルト海に面する国を併合したことで、バルト海を巡る欧州諸国との戦争に巻き込まれ始めた。しかも東側のヴォルガ川流域には、ジョチ・ウルスの主要国であるアストラハン=ハン国、カザン=ハン国があり、南の東ウクライナにはクリミア=ハン国、西ウクライナにはリトアニア大公国領キエフがあった」

「なるほど、うまいことモンゴル系の国の支配から抜け出せたけど、周りは敵ばっかだったんだ」

「ロシア大公国は東方正教会、一方のリヴォニアやプロイセン、ポーランドはカトリック、ハン国はイスラームだったからな」


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