星間都市山脈オリュンポスI−1
多くの犠牲を経て、ストーム・ボーダーは異聞帯の真の姿、星間都市山脈オリュンポスに到達した。
外見的には地下世界に見えていたが、実際には表象の大西洋アトランティスは蜃気楼に過ぎない。ここが真の地上だ。
その上で、雲海の上に浮遊する都市がある。
見えているだけでも、蓮の花のように3層に重なった都市が基底部にあり、都市の中央空中には別の巨大な構造体が浮かんでいる。巨大なスピーカーのようなものも見えていた。
その上にはさらに水晶の山脈が浮かんでおり、その直上に、開ききった空想樹の姿があった。
星空にはオーロラが見えるが、あれは太陽光が大気圏に入ることで生じる事象ではなく、あまりに濃い魔力が神代のマナに衝突して発生する魔力光だ。
この空間に満ちるマナはメソポタミアすら上回る神代のもので、現時点ではこれまで観測してきた中で最も濃い密度のものだという。
都市部分の大きさや1000メートル以上の高さがあるであろう中央の超高層ビル群を見る限り、この都市の人口は最低でも1000万以上はある。すなわち、これからカルデアが滅ぼす人間の数ということでもあった。
汎人類史において、世界の総人口が1000万人に達したのは概ね紀元前3000年頃と考えられている。しかしこの異聞帯は、少なくとも1万4000年前のマキアを境に汎人類史と分裂している。つまり、汎人類史では観測されていない、あるいは記録が残っていない人口の激減があったということだ。それを回避したが故に、オリュンポスはこの規模を保っている。
そこに、ムニエルが驚いて声を上げる。
「うわっ、通信に割り込み!彷徨海からのパッケージ通信じゃない、これは…!」
『畏れよ』
その声は、もはや大気そのもの。空が降ってきたかのような重さだった。呼吸すらできず、ビリビリと震える空気に体が固まった。
低い男の声であるのは確かだが、当然、これを人間の声だと感じた者は一人としていないだろう。
『讃えよ。お前たちが目にするは至高なるオリュンポス。余の座する異聞帯の真の姿にして、ソラをも超える大いなる方舟。これは神の住まう場所である。小さき者の目にするものではないぞ』
「声だけでこの威圧…!ダ・ヴィンチ、結界術式の出力を上げるんだ!藤丸やムニエルが危ない!」
ホームズはよろめきながらもダ・ヴィンチにすぐ指示を出す。ダ・ヴィンチも慌てて結界の出力を上げる。魔術でもなんでもない、ただそこに在るという事実のみで人間を圧倒している。
『我が名はゼウス。大神ゼウスである』
結界の出力が上がっているにも関わらず、その名が告げられただけで、立香も唯斗もよろめいてしまった。アーサーに支えられてようやく足が床に立っている。
『神代より続く大洋。巨いなる星間都市。そのすべてを統べる大西洋異聞帯の王』
「予想していた中でも最大最悪の形だ。まさか大神自らお出ましとは…!」
ホームズすら苦々しげにする。十二神の誰かですらない、まさかゼウス自らが出迎えるとは。当然、今ここでゼウスと戦えと言われてできるわけがない。立香も唯斗も、令呪をすべて使い果たした満身創痍なのだから。
「主神、すなわち神話体系の王とは、本来的な意味で最も星の支配者に近しい存在だ」
「それは、北欧のスカサハ=スカディさんやインドのアルジュナ・オルタさんと類似の存在ということでしょうか」
ホームズの言葉に、マシュはこれまで出会った異聞帯の王の名を挙げる。しかし、そんな次元ではないだろう。
唯斗は首を横に振る。
「違うな、マシュ。北欧もインドも、人が生み出した神話だ。人が神に対して神たれと祈り願って生まれた神性だった。でもギリシア神話は違う。もともと神として地球に降りたって、そのまま人を支配する神話になったんだ。人が与えた権能ではなく、最初から権能をもって地球にやってきた」
『唯斗君の言うとおり。彼らはそもそもその在り方が異なる。最初から神としての基底部分を有した状態なんだよ』
「あぁ。だから、権能というより、機能なんだ。彼らにとって、神性という権能は、機械に備わった機能でしかない。そしてゼウスは、それを統合するマスターサーバーってわけだな」
「冷静に絶望的な情報を語るな雨宮!」
宇宙から神の機能をもってやってきた宇宙船団、それがオリュンポス十二神だとして、それは異聞帯特有のことなのか、汎人類史も本来はそうだったのかは定かではない。ネモの中のトリトンは、少なくともポセイドンが人間のような有機的な外見だったと記憶している。
ただ、異聞帯のアルテミスが人間型の端末を派遣していたように、人間の姿を取ることができるのだとすれば。1万4000年前のギガントマキアをきっかけに、ギリシャの地に渡って人の姿になったのなら。
この異聞帯における姿と汎人類史における姿との矛盾は解消する。
ただ、なんであれ目の前に対峙している主神ゼウスと正面から戦うわけにはいかないのは、まったくもって変わらない事実だ。
しかしゼウスは、当たり前だが、対話をするつもりはないらしい。