星間都市山脈オリュンポスI−2


『墜ちよ。小さきもの』


ゼウスはその言葉とともに、その最大の権能である雷霆を放った。空間いっぱいに満ちる雷撃の閃光は、ひとつひとつがアルテミスの矢に匹敵する威力を有している。
一撃でも当たれば終わりだが、その直前に、ネモとダ・ヴィンチは霊基チャフという、霊基を大量にばらまいて照準を狂わせるチャフを散布していた。

それによって、ボーダーはギリギリのところで雷撃を躱している。


「キャプテン!全速前進、速やかに着陸を!チャフが効くうちに早く!」

「了解!目標、4000メートル下方、外縁の森林地帯!木々をクッションにする!」

「マスター、僕に掴まっているんだ」


席についてシートベルトはしているが、アーサーは唯斗の前に腕を回してさらに固定する。唯斗はアーサーの腕に掴まった状態で状況を見守った。
ホームズ、そしてアーサーも警戒している通り、恐らくこの攻撃はゼウスにとって遊びにもならないだろう。なぜならゼウスは、この雷霆によって宇宙そのものを焼却しているのだ。

ボーダーは富士山よりも高い位置から、一気に眼下の森林に向けて降下を開始した。猛烈なGがかかり、吐き気が込み上げる。窓の外には、都市基底部の一番外側、恐らくはこの都市全体の飛行を制御するのであろう数千メートルの高さを誇る尾翼が何本も聳えていた。

ネモは舵を取りながらムニエルに叫ぶ。


「だめだ、躱しきれない!ムニエル、代わりに舵を取って!」

「うええ!?」


ムニエルは驚きつつもネモと操縦桿を代わり、艦首と艦尾のバランスを取って不時着体勢になる。
窓の外には徐々に地面が迫る。そこに、ついにゼウスの雷が直撃した。

感電こそしないが、衝撃によって大きく船は揺れる。スタッフの悲鳴が響き、唯斗もアーサーの腕にしがみついてなんとか耐えた。アーサーがいなければ、自分の膝に頭を打ち付けていただろう。

ムニエルはなんとか縋るように操縦桿を引き上げて船首を上げる。そして、木々に船底をこすりつけるようにしながら地面を滑る。
同時に激しい揺れが起きて、上下左右に大きく揺れる。舌を噛まないよう歯を食いしばり、衝撃に備えた。

直後、一際大きな衝撃とともに上体がつんのめり、吐きそうになったのをなんとか堪えると、ようやく揺れが収まった。
ボーダーは停止している。ムニエルは見事、船体を不時着させてみせたのだ。

すぐにダ・ヴィンチがエンジンを停止し、ネモが偽装処理を施す。ネモはその処理を着陸前からやっていたようで、おかげでボーダーの着陸地点は敵側に判断できないようになっている。
ダ・ヴィンチは迷彩機能もオンにして、完全にボーダーを沈黙させる。

無事にそこまでできたのは良かったが、あの雷撃を防いだネモとダ・ヴィンチは、その攻撃が霊核を傷つけてしまったことで活動できなくなり、回復ポッドに入った。数日は動けないという。
それまで待つわけにもいかないため、唯斗と立香は、ダ・ヴィンチの支援なしでオリュンポスに潜入することになる。

しかも、現地での召喚はアトランティス同様にできないだけでなく、魔力を探知される恐れがあるため、アーサーを外に出すわけにもいかないことになってしまった。
つまり、立香とマシュ、唯斗の3人だけということになる。


「絶対に駄目だ。危険すぎる」


それに対してアーサーは案の定、断固拒否した。
ゴルドルフは頑なに拒否するアーサーに頭を抱える。


「しかしだね、君を伴う方がかえって探知されて雨宮の身に危険が及ぶかもしれんのだよ」

「っ、ゼウスがそこまで我々を気にかけるとでも?私がマスターと潜入したとしても、ゼウスは歯牙にかけないかもしれない。第一、都市内で攻撃するわけもないだろう」


ゴルドルフの正論に、アーサーも食い下がる。だがホームズが代わりに返した。


「申し訳ないがアーサー王、その意見も尤もだが、いずれも予測の域を出ない。文字通り、神のみぞ知る、というところですよ。ミスター雨宮の安全を担保するには、彼だけをボーダーに残すか、あなたがここに残るのか、その二択です。霊体化できるなら話は別ですが、我らが永遠なる騎士王は、騎士王であるが故に霊体化できないのですから」

「……ならせめてマスターはここに、」

「俺がそんなことするわけねぇだろ」


そしてついに、唯斗はアーサーの足を軽く蹴飛ばした。唯斗だけ残って立香たちだけを潜入させるなど、できるわけがない。


「なんかあったら俺はすぐに帰投する。それでいいだろ」

「そうだね、それが最も合理的だ。よろしいですね、アーサー王」


アーサーも唯斗の意志は理解している。しばらく沈黙したのち、とてつもなく嫌そうな声で「分かった」と答えた。

ぶすっとしたアーサーに苦笑して、唯斗はその金髪の後頭部に手を寄せる。そのまま手前に引っ張り顔を近づけさせると、軽く頬にキスした。もはやこれまで散々恥ずかしいことをしてきたため、この程度は衆人環境でもできるようになった唯斗である。

一方、アーサーは目を丸くする。


「ッ!」

「いい子で待ってろ」


そしてそれだけ言って、唯斗はムニエルに渡された礼装を起動してオリュンポス人の格好に見えるように術式を展開する。
顔を赤くしたアーサーを残して、唯斗は立香とマシュとともに船の外へと足を踏み出した。

いよいよ、オリュンポスの現地調査が始まる。


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