星間都市山脈オリュンポスI−4


「僕の研究テーマは、『オリュンポスにおける生活、歴史、文化の概念的説明表現における特徴量の分析』です。今から、当然のことをお聞きします。しかし、その当然のことをどのように表現するか、それは個人によって差が出るかもしれないし、同じかもしれない。私たちオリュンポス市民の、概念を説明する表現の差異を検証します」

「素敵ね。神の栄光を表す言葉は多ければ多いほどいいわ」


どのようにして、知っていて当然のことをあえて尋ねるか。それは、「知っていて当然のことを説明する表現方法の研究」という体裁で解決することにした。
芸術も学術もあるのなら、文学や考証学、形而上学も存在するはず。それを利用して、人々に当たり前の基礎知識をあえて質問し、その回答方法から特徴量を分析する、という設定で、唯斗は前提知識がない状態で聞き込みを行うことにしたわけだ。


「ではまず、都市に浮かぶ大神殿、光輝の神々が暮らすかの場所を、あなたの言葉で表現してください」

「そうね…アポロン神なき今のオリュンポスにおける太陽、私にとっての光そのもの。希望にして世界。軌道大神殿オリュンピア=ドドーナ、そしてそれを囲む神器環状体クロノス=クラウン。この西部第10住宅層は、その両方を仰ぎ見ることを許された場所なのよ」


早速、新しい単語を聞けた。ドドーナの周辺を取り囲むさらに巨大な構造体は、クロノス=クラウンというらしい。クロノスはゼウスの前の神々の王であり、クラウンは王冠のことだろう。


「希望にして世界、素晴らしい言葉です。ゼウス様に栄光あれ。では次の質問です。病や怪我、死、そうした言葉をどう解釈しますか?」

「遥か古代、まだ私たち人間がより不完全であったころ、存在していた概念です。もはや神々の威光があまねく降り注ぐオリュンポスにおいて、そのような概念は存在しません。解釈するとすれば、人間にどうして神のご加護が必要か、それを逆説的に証明する概念機構でしょう」


やはり、市民はもはや病になることもなければ怪我もせず、さらに死ぬことすらないというわけだ。
ずっと気になっていた。土地は無限ではない、ならば人口の増減はどのように管理されているのか。北欧のように間引きをする可能性もあったが、そもそも増減しないのだ。
つまり、死ぬこともなければ、新たな命が生まれることもない。


「それでは、戦争、マキアについてはいかがでしょうか」

「この世界の悲しみというもののすべてであり、苦しみというものの象徴であり、過去のことなれど永遠のものです。4つのマキア…そのすべてをゼウス神は勝利なされました」


4つのマキア。この女性は今確かにそう言った。アトランティスでは、2つのマキアの存在を聞いていたが、もう少し多いということか。


「悲しみ、苦しみ、その通りですね。多くの人々も同じように述べていました。4つのマキアそれぞれについて、どのように表現されますか?ええ、とても悲しいことです、無理にとは言いません」

「いいえ、ゼウス様の栄光でもありますもの。そうね…第一のマキア、クロノス神とのティタノマキアは、大いなるゼウスとその神々が正当なる王権を手にした、クラウンの戦いでした。第二のマキアは、白き巨人、滅びを駆逐してくださった超克の戦い。第三のマキアは巨人ギガースたちをも滅ぼした神々の光輝の戦い、ギガントマキア。そして第四のマキア、最後にして最も悲しいこのマキアにおいて、ゼウス様とその神々は、共生派の神々とそのしもべたちを滅ぼしました。追放された者たちはアトランティスへ下り、そして今に至ります」


クロノス率いるティターン神族との戦いであるギガントマキア、そしてその延長戦であったギガントマキアは同じく存在している。しかし、ティタノマキアとギガントマキアの間に、白き滅びとの戦いがあると述べていた。
そして、ギガントマキアののちに神々が分裂した戦争があり、アポロンやアレス、ヘスティアなどの神々は敗北。それらの神に従っていた人間たちが、アトランティスに追放されたという。

ヘファイストスの話では、ゼウス側にはアルテミス、ヘラ、デメテル、ポセイドン、アフロディーテが立ったとされる。アルテミスとポセイドンはアトランティスにて、どちらもカルデアが倒した。デメテルとアフロディーテについてはこの都市でその役割を確認できている。ゼウスも邂逅一番で雷撃をかましてきた。
ならば、残るヘラはどうしたのだろう。


「では、ドドーナに居住ます神々を讃える言葉はどうでしょう」

「その質問をこそ待っていたわ。そうね、私にとって神々は…ええ、まずゼウス様。太陽神アポロンなき世の太陽であり、昼のヘメラ神、夜のニュクス神なき時代における昼夜であり、私たち市民の心の拠り所、お守りくださる全知全能の神。ああ、大いなるゼウス様に栄光あれ。そして女神たち、美しき御方、価値を統べる神アフロディーテ様。大地母神にしてあらゆる恵み、そしてアンブロシアをお与えになるすべての母なるデメテル様。正当なゼウス様の妃ヘラ神と同化した神託の巫女、麗しきエウロペ様。そして古き双子神にして星渡る神々と共に在ろうと決めたディオスクロイ様方」


唯斗の質問に対するその答えで理解した。どうやらヘラ神はエウロペと同化しており、エウロペは半神となっているようだ。また、インド・イラン共通時代からユーラシア西部に伝わる古き双子の神ディオスクロイも、正当な神として召し上げられているらしい。
ゼウス、デメテル、アフロディーテ、エウロペ、ディオスクロイ、この5柱がドドーナに住まうオリュンポスの神々であるという。


「ありがとうございました。それでは最後の質問です。麗しき水晶の山脈の上に浮かぶ大いなる木については、どのように説明したいと思われますか?」

「アトラスの世界樹、かつて空想樹と呼ばれていたもの。表現するならば…剪定された枝であったこの世界を幹に据えるべく存在するものであり、ゼウス様のご盟友キリシュタリア・ヴォーダイム様がもたらしたもの」

「っ…ありがとうございました」


なんと、驚くべきことにこの世界の人々は、この世界が剪定事象であることを知っている。空想樹が剪定されることを回避し、キリシュタリアがこの空想樹を使って、このオリュンポスを正当な汎人類史にしようとしていることも知っているという。
これはこれまでの異聞帯と大きく異なる点だ。


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