星間都市山脈オリュンポスI−6
しばらくして、外からの激しい戦闘音が聞こえなくなった。窓の外では、建物から徐々に市民が出てきている。
唯斗も、すぐにでも立香に合流しなければ、と座っていた腰を浮かせようとした。
しかしその瞬間、突如として空は曇天となり、一気に暗くなった。その雲が重力を放っているかのような、圧倒的な重み。
自然とひれ伏さなければ、と思ってしまうようなそれに、つい唯斗の腰も再び床に戻っていた。
他の市民たちも跪いている。
それはゼウスの声だった。内容は大したものではない、今もどこかで戦っているらしい立香たちを抹殺しようという命令。やはりゼウス自身が手を下すつもりはないようで、唐突に空は再び明るくなった。
「ああ、大いなるゼウス様」「我らが全能の神、ゼウス神に栄光あれ」「栄光あれ」そんな声がエントランス中に響いている。
唯斗はそこでエントランスを出ると、とりあえず南の方へと向かおうと足を踏み出した。
だが今度は、またもその一歩を踏み出すようにして目の前に人影が現れた。まさかバレたのかとヒヤリとしたが、黒い服にフードを目深に被った男は少し怪訝にした様子だった。
「…お前、騎士王はどうした」
「っ、なんでそれを…って待て、お前まさかカドックか?」
「………なんで変装魔術を素手で見破るんだお前」
呆れたようにして言う男の声はカドックのものではないが、カドック特有の気怠そうな様子だった。変装魔術に透過礼装だろう。意図的に透過はオンオフを魔力でコントロールできる仕組みだと思われる。
「変装魔術は縁の深いよく知る相手には破られる可能性高まるだろ。俺のこと攫っておいて縁がないとは言わせないからな」
「別に、ロシアでのことがなくともお前なら…」
カドックはそこまで言ったところで咳払いをする。何かと首をかしげるが、カドックは不機嫌そうにしつつ話を変える。
「とにかく。お前一人なら、もう少し合流は控えてろ。あいつらは僕が安全なところに連れて行く」
「は?なんでカドックがそんなこと」
「僕だって本意じゃないが、僕の目的のために必要なことだ。協力者の使いなんてものをやっている手前もあるけどな。何にせよ、今あいつらは絶体絶命だ。それをくぐり抜けるには、お前までかまけている暇はない。先に戻るなり、隠れるなりしてろ」
「……分かった。いろいろ言いたいことも聞きたいこともあるけど、それは立香に任せる」
「懸命だな。あぁ、それから。『聞かれている』からな。直接的な言葉は口にしない方がいい」
「っ…分かった」
ぼかした言い方をしているが、つまりゼウスには都市全域のすべての会話が聞こえているということだ。恐らくは、特定の言葉に反応するようになっているのだろう。
カドックの言葉もどこか曖昧なのもそのためか。カルデアやサーヴァントなどの言葉もあまり言わない方がいい。
もう一つ、明らかにしておきたかったため、唯斗は右手の甲を見せた。
「どこまで大丈夫だ?」
唯斗も非常に曖昧な聞き方をしたが、どこまで魔術が使えるか、という意味だ。令呪が見えないのを見てカドックも気づいた。
「市民は簡単な治癒、強化、防御くらいなら術式やスクロールを使うことができる。全身隠しても問題ない。左手の方も、頻繁に使わなければ大丈夫だろ」
「分かった、ありがとう。お前に言うのもあれだけど…頼んだ」
「ふん、本当にな」
カドックはそう言って、戦闘音が激しくなり始めた方角へと走っていった。すぐにその姿は透過して見えなくなる。
戦闘が起きている方からは、市民の声援が聞こえてきた。無論、それはカルデアを殺すことを応援する内容だ。市民一人一人に至るまで敵。そんな異聞帯は初めてだった。
唯斗はその足で、言われた通りにおとなしく隠れていることにした。
水は小型の水筒をポーチに入れているため、食料のみ探す必要があったが、市民が生体認証で自動販売機から軽食を購入しているのを見て、左手の術式によって取り出し口に落ちたタイミングで手元に転移させた。中身から直接転移させるのはアラートが鳴りそうだったため、市民が購入した段階を選んだ。
また、販売機、購入と便宜的に認識しているが、実際には市民IDなどを読み取って自動的に排出しているのだろう。販売も購入も発生していない。
手に入れたサンドイッチはひどく美味しく、地球のどこにも存在しないような味の変化が普遍的な食材で起きる不思議な調理がなされていた。どこまでも、この異聞帯には余裕があるらしい。