星間都市山脈オリュンポスI−9


いったいどうしたものか、と粉塵に包まれるデメテルを見つめていると、おもむろに唯斗の肩に腕が回された。
声を上げる前に、その人物の声が聞こえてくる。


「圧倒的だろ。どうあっても勝ち目なんてない」

「……、そうだな」


カドックだ。相変わらず黒いフードを被り、声も変わっている。唯斗の肩を抱くようにして柵に手をついて、目の前に広がる市街地と黒煙を眺めた。


「でも、真っ向から刃向かおうとしてる奴らがいる」

「合流したい」

「…ま、いいだろ。運んでやるが、そこまでだ。それ以上はもう関わらない」

「それでいい、ありがとう」


こちらの返答を分かっていたようで、カドックは肩を竦めて唯斗を促した。

カドックについていくと、適当な路地裏に入る。誰の目線もないビルの隙間で、カドックは自身に強化術式をかけると、突然唯斗を抱き上げた。
いきなり姫抱きにされ、唯斗は目を丸くする。


「な…ッ、」

「黙ってろ、声までは隠せない。僕に触れている間は変装術式と透過礼装があんたにも機能する。手を繋いで走る趣味はない」

「これも大概だろ…!」


カドックは鼻を鳴らして答えると、それ以上は話すことなく、一気に地面を蹴った。ビルの壁面を蹴ってさらに跳躍し、ビルの屋上に飛び出る。


「…おいまさか、」

「黙ってろ、舌噛むぞ」


一言だけ言ってから、カドックはビルの屋上から走り出す。ビルを飛び越えて、まっすぐ、南部地区と隔てる段差へと向かって行く。
段差といっても東京タワーより遥かに高い位置にこのエリアはあるのだ、ここから一気に南部地区に突っ込むということは、飛び降りるというのと同義だ。

思わずカドックの胸元にしがみつく。なぜかカドックは舌打ちをしてから、最後のビルの屋上を蹴った。
直後、眼下には広大な市街地が広がる。東部地区を飛び降りて、500メートル以上の落差を超えて行こうとしているのである。

人々には見えていないが、悲鳴を上げれば気づかれかねないため、必死に奥歯を噛んで耐える。内臓が置いて行かれるような感覚とともに、体の内側が冷えるような落下が始まった。


「…ッ、!」


声にならない声で息を吐くしかない。これがアーサーなら安心感もあったが、カドックはやはりぎこちないというか、雑な持ち方をしている。体格もそこまで差がない上に、単純な筋力なら立香の方が上なところを魔術で強化しているだけでもある。
こんなことならアーサーを連れて来れば良かった、なんて思いつつ、唯斗はカドックの腕の中で落下が早く終わるように目を閉じた。

しかしすぐに落下は終わり、カドックは着地と同時に走り出す。

ようやく目を開けると、どうやらカドックは100メートルほど下にあった高速道路のガラス高架の天井部分を走っているようだった。
ガラスの中には、高速移動する車が見えているが、ほとんどが南部を逃れようとする一方通行のものだった。


「お、思わせぶりなことしやがって」

「ハッ」


鼻で笑ったカドックは、どうやら少しからかい混じりにこんなことをしたらしい。確かに、冷静に考えれば強化だけでは数百メートルの落下は耐えられない。
いつもアーサーなどサーヴァントが一緒だったため、魔術師だけというのは初めてであり、その常識すら抜けていたようだ。

高速道路に沿って立ち並ぶビルの合間に、依然としてデメテルが見えている。雲をも超える巨体はどこからでも見えており、先ほどより南側に近づいているようだった。


『哀しきかな、哀しきかな。哀しきは死、哀しきは終わり』


すると、デメテルのものだろうそんな声が聞こえてきた。


「来るぞ!」


カドックはそう言うと、ビルの背後になる位置で止まる。次の瞬間、爆音とともに衝撃波がビルの合間を吹き抜け、高速道路も大きく揺れた。爆風とともに粉塵が通りを吹き抜けてくる。ビルの影に隠れていなければ、もろに衝撃波で吹き飛ばされ落下していただろう。
赤い光が差しているのは、炎上する区画がすぐ近くに来ているからだ。焦げ臭い匂いとともに、人々の悲鳴や怒号、祈りが聞こえてくる。

「助けて!」「お許しを!」「デメテル様!」「子供がいるの!」「ご慈悲を!」というパニックに陥った市民の声に、やはり、と唯斗は唇を噛みしめる。死の恐怖は本物だ。たとえ再生されるのだとしても、それは永遠の傷になる。

粉塵がここまで立ちこめる中、カドックはようやく唯斗を下ろした。ガラスの高架天井に足をつけると、カドックは一時的に変装を解く。
久しぶりに、カドック自身の顔を見た。


「僕はここまでだ。あとはあんたたちで好きにすればいい。相変わらず聞こえているが、デメテル神の魔力放出が凄まじいから魔力探知はこの区画では機能しないだろ。好きに強化なり防御なりすればいい。ま、この状況じゃ周りに目を向けてるヤツなんていないだろうけどな」

「助かった、ありがとないろいろ」

「本当にな」


呆れたようにするカドックの顔は、ロシアほどではないが、やはり隈もひどくやつれた様子なのは変わらない。心配していないと言えば嘘になるが、カドックは決して、味方ではないのだ。
それは彼にとっても矜持の域にあることだろう。そこを安易に乱すことはしたくない。ならば、これ以上の言葉は不要だ。


「…じゃ、俺は行くから。じゃあな」

「あぁ」


カドックも、そんな唯斗の意図を理解しているようで、それ以上は何も言わずに唯斗を見送った。
きっと互いに、言いたいことはたくさんあった。それでも、もう二人がそんな言葉を互いに交わし合うような場面は、当分やってくることはない。それほどまで決定的に違う道を歩いているし、唯斗もカドックも、その道を歩き続けると固く決意しているのだから。


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