星間都市山脈オリュンポスI−17


「…マスター、食事はきちんと取れた?」

「あー…昨日は、市民が軽食スタンドから取り出そうとしてたサンドイッチだけ、転移術式でパクって食った。そんで、朝はレーション」

「それだけ?いや、仕方ないか。睡眠は?」

「……ビルの屋上で座ってちょっと寝た」

「まったく。まずは君も体を休めることが先決なようだ。レディ、ミスター、すまないが食事は用意できるかな」


アーサーは優しい声音でそう言うと、アデーレたちに尋ねる。アデーレとマカリオスも、少し呆れたようにしながら笑った。


「ええ、もちろん。今お食事を用意しますね」

「そのくらいの切り傷なら、あんた自身で回復できるだろうけど、ちょっと時間が経ってるから消毒だけするぞ。汎人類史の人間用に英霊が残した消毒液があるから持ってくる。部屋はそこの廊下の一番奥を使ってくれ」

「…悪い、ありがとう」


テキパキと動き出した双子に礼を言って、唯斗はとりあえず長机に備えられた椅子に座る。アーサーを見上げると、ようやく安心できる場所にいるのだと実感できて、張り詰めていた気が緩むのを感じた。

マカリオスに消毒してもらってから自分の術式で左手を治し、アデーレが持ってきてくれたパンとハム、サラダを食べながら、唯斗はホームズに問いかける。


「なあホームズ、ここでの一時召喚についてなんだけど」

「オジマンディアス王とアーラシュのことだろう。君の推測通りだ。霊基グラフの出力では、もう一度呼び出すことはできない」

「…そうなのかい?」


唯斗の後ろで執事のように控えて、時折、茶を注ぎ足してくれていたアーサーも軽く驚く。やっぱりか、と唯斗はため息をパンで飲み込んだ。相変わらず大変に美味だ。


「霊基グラフは今、オジマンディアスとアーラシュの霊基を、一度この異聞帯では死んだと認識している。もう一度召喚するときは、その認識を上書きして改めてカルデアから引っ張ってくるんだけど、その工程にはめっちゃエネルギー食うんだよ。霊脈が使えないここでは、グラフだけでまかなうのは難しい」


かつて、第六特異点と第七特異点では、特異点の不安定性から一度倒されてしまったカルデアのサーヴァントは改めて呼び出すことができなかった。
その後の特異点では、そもそもマシュの盾がなかったため一時召喚自体ができず、カルデアのサーヴァントが倒されることもなかった。例外はSE.RA.PHとセイレムだが、極めて異例なケースなので割愛する。

つまり、カルデアから一時召喚した英霊が次々と倒されるという事態はバビロニア以来の久しぶりのことであり、リセットして再び召喚するのは霊基グラフだけでは難しいということだ。
アトランティスでのアキレウスは、異聞帯で自動召喚されていたアキレウスがグラフからの召喚ではなかったことから、ポセイドンの上で呼び出せた。

要は、オジマンディアスとアーラシュについては、もうこの異聞帯では呼び出せないと考えていい。


「…仕方ない。とりあえずアーサーと合流できたし、出し渋って勝てる相手でもないしな。そのときに何とかしよう。まずは休むことにする、食事ありがとなアデーレ。美味しかった」

「それなら良かったです。おやすみなさい」


一同に挨拶してから、唯斗はアーサーとともに指定された寝室に入る。狭い部屋ではあるが、シッティングスペースもしっかりあって十分すぎる空間だ。

ベッドに座ると、アーサーを隣に促す。アーサーはいつも通り唯斗の左側に腰掛けたため、その肩に凭れた。


「……疲れた」

「お疲れ様。本当はお説教したいところだけど、それはカルデアに無事帰ったらにしよう」

「なんだそのモチベーションにならない後回しは」


くすくすと二人で笑いつつ、唯斗はアーサーの肩に顔を埋めてぐりぐりと押しつける。正面から抱き締める姿勢になったアーサーは、唯斗の頭を労るように撫でた。


「頑張ったね。一人でよく、冷静に行動した。さすが僕のマスターだ」

「アーサーがいなかったから、あんま眠れなかった。やっぱアーサーが傍にいないと駄目だな、俺」

「ふふ、きっと君ならそうなっても大丈夫だ、なんとかできる。けれど、たとえそうであっても、僕は君の隣にいたい。君を片時も離さず守りたい。この気持ちも、理解してくれるね」

「…ん、合流できて良かった」


アーサーのいないマンションの屋上の暗がりは、ひどく不安を煽る寒々しいものだった。心地よいオリュンポスの温暖な風は不快なものではなかったはずなのに、アーサーの足の間で休んでいたロシアの集落やアトランティスの迷宮の方が安らいだ。

第六特異点のようにアーサーを伴えない場所でなくなった、それだけで心から安堵したのだ。


「さあ、今日はもう休もう。そして今晩からは、僕が隣で君を見守っている」

「……うん」


ベッドに横になると、アーサーも一緒にシーツに横たわる。その腕に抱かれて、唯斗はようやく、息をつくことが出来た。


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