星間都市山脈オリュンポスII−7


3つめのポイントまであと少しというところまで走ったときだった。
今度こそ、全員が感じ取れる威圧感が上空に突如として出現する。知らず、全員足を止めていた。

見上げた星空には、巨大な姿が浮かんでいた。まるで子宮のような形をした巨大な宇宙船は、恐らく上空1キロ以上の高度に滞空している。


「あれは…!」


マシュがゴーグルによって数値を観測する。だがその結果を待つまでもなく、あれが何なのか誰もが理解できたことだろう。
あれはアフロディーテのアリスィアだ。泡を意味するアフロスと、恐らくメソポタミアのセム語系の語彙であろうと考えられる言葉から成る、イシュタルに連なる女神。


『愛とは支配である。美とは支配である。オリュンポス市民よ、喜びに咽び泣きなさい。お前たちの苦しみを、無駄にはしない』


そう告げるのと同時に、アフロディーテから突然、眩い光が放たれた。一時的に昼かのような明るさが夜の街に満ちると、女性の美しい声のようなものが、脳内に直接響き始める。
ガンガンと頭を内側から殴るような響きは、三半規管を狂わせ、視界を歪ませ、平衡感覚すら失わせる。

足がふらついて、力が抜けていくようだった。


「オルテナウス、出力低下…魔力も、減衰…していきます…マスター…!」

「くそ、くそくそくそっ、なんだこれ、前が見えねぇ…!」

「これは…くっ、本当に、まずいわね…!」


マシュ、カイニス、武蔵もふらついて膝を着く。夜の街は虹色に輝いているように見え、声もどこか遠く聞こえる。頭が割れるかのような痛みと、嘔吐しそうなほど精神を揺さぶられる感覚に包まれていた。

アデーレも地面にへたり込み、上空のアフロディーテを呆然と見上げる。


「知性体教導用大型端末!霊子情報戦型攻撃機、アフロディーテ…!超広範囲に渡る、精神汚染攻撃を…ぐっ、ああああっ!!」


頭を抱え、アデーレは悲鳴を上げた。隣でマカリオスはアデーレの背中を摩りながら、顔を苦悶に歪めていた。


「っ、くっ、知性体であれば、ヤツは、サーヴァントだろうと瞬時に精神崩壊させるぞ…そのために、金時たちは…互いに攻撃して…だが、今回は、策がある…カリギュラ!」

「まだだ。これなる波動は前兆に過ぎぬ。総員、耐えよ!」


カリギュラはローマ神話の神ディアーナを信奉していたとされ、その狂気はディアーナによってもたらされた、という神話的な解釈がなされることがある。その治世における暴君ぶりと狂気を説明するために神話が用いられた側面もある。
ディアーナはギリシア神話においてアルテミスにあたる神であり、元はギリシアの植民都市であったローマの神話でも月と狂気を象徴していた。アルテミスの精神攻撃をカリギュラが一手に引き受けたのもこの因果によるらしい。

そんなカリギュラの宝具は、月によって狂ったという逸話を概念宝具化したものだ。これをアフロディーテの精神汚染とぶつけることで相殺する、というのがマカリオスの言う策だろう。

まだ耐えなければならない、と聞いて、ホームズも膝をがくりと折って地面にしゃがみ込む。


「そ、うか…美の神アフロディーテ…美とはすなわち価値観、それを司るということは、価値観を決定する存在ということ…価値観とは主観、つまり、自我を再定義する力…!」

「霊子化した大量の魔力を、脳に干渉させて自我を狂わせるのか…」


ホームズの指摘に、唯斗はアフロディーテの権能を理解した。アデーレの言っていた霊子情報戦型攻撃機というのは、霊子によって魔力を直接対象の脳に干渉させ、その自我を狂わせることで、同士討ちをさせる能力ということだ。


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