星間都市山脈オリュンポスIII−5


「…ディオスクロイ。汎人類史で、人間は、あなたたちが神であったことを忘れたことはないと思う。大航海時代に航海の神としての性質がクローズアップされたのは、4000年前のインド・イラン共通時代から、海上の安全を司る神性であったことを記憶していたからだ」


英語を含む欧州言語の祖語である印欧語。その生みの親がインド・イラン共通時代という考古文明である。多くの神々がこの文明に由来し、ギリシア神話も基本的にはここから派生したものだったが、多くは原型をかろうじて留めているだけだった。

しかしディオスクロイという存在は、双子神というインド・イラン共通時代の神性の名残をほとんど維持している。
その特徴は、父親が二人いること、母親か姉妹に特別な傍話があること、馬と関連があること、海上でヒトを救う力があること、星の性質を持つこと、誓い・宣誓を司ること、そして戦いの趨勢を決することであるとされる。

ディオスクロイはまさに、ゼウスとテュンダレオスという二人の父親がおり、妹ヘレネはトロイア戦争の発端となり、馬に乗っているとされ、航海の神と聖エルモの光の象徴であり、双子座という星であり、スパルタではディオスクロイに対して宣誓を行う風習があり、そして様々なギリシア・ローマの戦いにおいてディオスクロイが現れて戦闘を終結させるディオスクリファニーという神話文化風習が存在する。

同様の神性として、インドのアシュヴィン、それがスラヴを通して伝わったリトアニアのアシュヴィエニアイ、古ゲルマンのナハルヴァリ族に伝わるアルキス、アルメニアのサナサールとバルダサールのほか、アルジュナの腹違いの弟としてパンダヴァ兄弟の一員である双子のナクラとサハデーヴァは、アシュヴィンから生まれた子たちである。

これら他神話の双子神は、長い時代で多くの神性を喪失しており、アシュヴィン以外はそもそも現存していない。しかし、ディオスクロイは最も多くの権能を有したままであり、現代でも双子やそれに類する関係性に対してディオスクロイのようだという喩えが通用するほど、特に欧州では人々に記憶され続けている。


「確かに、アシュヴィン双神は天とヒトを繋ぐ役割もあったから、その影響を受けたギリシア神話ではカストロが人間ということになった。でも、それは古代欧州の人々にとって、最も近くにいて欲しい神性があなたたちだったからだ。神とヒトを繋ぐ役割を、最も人間に近い立場の神を、ディオスクロイであれと願ったことの表れだ」


ギリシアは海を舞台に展開した文明だ。そのため、海の安全を守るディオスクロイは重要視されていた。苦しい戦いに颯爽と現れて勝利を与えてくれる存在であるディオスクロイは、アテナやアレスよりも、ある意味では戦いの神として心の拠り所になっていただろう。
その後も、戦いと航海どちらも行いながら文明が形成されたケルト、ローマ、ゲルマンなど古代欧州の諸民族において、ディオスクロイは信仰され続けた。
ガリア沿岸のケルト人にとっては主神だったほどであり、唯斗が暮らしたブルターニュは最たる例だった。


「そうやって、最も長くヒトを導いてきた神だと、汎人類史の人類は記憶していたんだよ。この異聞帯で、人間を憎むことに先鋭化してもなお、ヒトを導く性質を失っていないあなたたちのように」

「……異聞帯の我らに斯様な戯れ言、無用、無意味、無礼であるぞ、人間」


カストロは静かにそう言ったが、唯斗を見る目に憎悪は浮かんでいなかった。強いて言えば、穏やかな海のような、感情の起伏のないものだった。


「オリュンポスなき欧州の人間の信仰など知ったことか。この世界では、もう、遥か昔に…ああ、そうだ…我らが導くべき人間など、もう、この世界には……」


その言葉を最後に、カストロ、ポルクスはともに消失した。

そう、ディオスクロイとは本来、命の危険のある海や戦いに挑む者たちを守る神。1万年の停滞に甘んじる鳥かごの人類など、彼らにとって、導く余地はなかったのだ。


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