星間都市山脈オリュンポスIII−6


ディオスクロイを倒し、一同は同盟基地へと戻った。
ヘファイストスは機能を完全に停止してしまった上にエウロペは連れ去られたものの、最大の目標であるアイテールは確保している。こちらの人員も欠けていない。

基地に戻るのと時を同じくして、地上から放送が聞こえてきた。ドドーナからの広域放送であり、ゼウスの声だった。
内容は、本日正午にエウロペを公開処刑するという宣告である。

エウロペが処刑される、と聞いて、全員顔を強張らせた。誰もが助けたいと思っただろうが、かといって、これから待ち受けているゼウス、キリシュタリアとの戦いに加えて空想樹の伐採となると、少しも余力がない。

通信が繋がったことで、ゴルドルフとも作戦会議となる。


『すでに大召喚器アイテールは諸君が確保しているのだ。確かに神妃エウロペが抑えられたという事実は我らにとって痛手ではあるが、それは大勢には影響しない。そもそも破神作戦において…アイテールが完成した以上、彼女の役割は終わった。違うかね?』

「それは…」


アデーレは視線を落とす。ゴルドルフの言うことは正論だ。ホームズも頷く。


「確かに、エウロペの救出のために動くことは意味がない。むしろこれは、一種の罠だと考えるべきでしょう。我々を誘き寄せ、一網打尽に返り討ちにするための罠」

『その通り、こんなん罠だって誰にでも分かる!彼女の処刑は、趨勢に影響しない。分かるね?』

「これは戦である。であれば、時に非常を選ぶことも肝要である。非常にして冷酷な皇帝であった我であるから言おう。迷うときではない。何をするにせよ、即断し、行動せよ」


カリギュラは今すぐ決めろとだけ述べた。事実、残り3時間ほどしか処刑まで猶予はなく、そもそも空想樹の臨界までいくらもない。

マカリオスは努めて冷静に、今の状況を確認した。


「俺たちの目標は、ゼウスの破神を成して空想樹を伐採すること。それによって異聞帯は崩壊し、俺たちは死ぬ。それでも、エウロペには、もっと…尊厳ある最期を……」


しかし、言葉の途中で、沈黙の末に目を開いた。


「…いや、そんなのは建前だ。このオリュンポスでは誰も彼も!父も母も、子を育てる親であることを放棄した!でも、エウロペ様の横顔に、俺は…母の面影を見た」


1万年前、ディオスクロイによって殺された双子の両親。それ以来、オリュンポス市民は、親も子も等しく神の下に庇護対象だった。
ホームズはその価値観の違いを理解し、マカリオスの言葉を引き継ぐ。


「子を庇護する者としてではなく、子の成長を望む先達としての母。という意味かな」

「ああ、そうだ。エウロペ様は、オリュンポス市民の…いや、俺たちの成長を願ってくれた、最後の心だ!だから、俺は…!」

「あの方と共に、空想樹の破壊を迎えて、最期の時を過ごしたい」

「姉さん…」

「私も同じ気持ちよ、マカリオス」


1万年の停滞の中、子供は子供として在り続けた。成長もなく、希望もなく、それを嫌って彼らは破神同盟となった。
エウロペは汎人類史の英霊だ。だからこそ、人には人としての成長を、それを慈しむ親の在り方を大事だと感じたのである。

唯斗の脳裏には、あの特異点で出会えた母の姿が浮かぶ。


「…母さんは、俺を産むことで命を落とすと分かっていながら、俺を産むことを選んだ。ずっと、母親なんて概念的な存在としか思っていなかったけど、あの特異点へのレイシフトで出会うことができて…ずっと、俺が生きて成長していくことを願ってくれていた。俺の成長の節目に立ち会えないことを悲しみながら、それでも、母さんは、」


声が震えそうになって、一度息を吸い込む。アーサーはそっと唯斗の肩を抱き寄せた。


「…それでも、俺が自分で、幸せな人生を送ることを望んでくれていた。マカリオスが言っていたように…エウロペに、俺も、母さんが重なった。俺にとってフランスでの生活は痛みと苦しみしかないものだったけど、今では大事な故郷だ。守りたい世界だ。そんなヨーロッパの、母なんだ」


唯斗はそう言って立香の青い瞳を見つめる。きっと立香の意志もすでに固いのだろうが、それでも言葉にしたかった。


「…俺は、エウロペを助けたい」


いつでも立香の意志に唯斗が賛同する形だった。最初の頃は、そもそも立香の意志に対して唯斗が文句を言って否定しつつも、曲がらない様子に仕方なく折れていた。途中から立香の意志を優先するようになって、次第に立香と同じことを思うようになっていった。
そして今、初めて、唯斗は自分の意志を先に口にした。


『…アデーレ君、マカリオス君、そして雨宮。君たちの意志は確認した。ならばここはひとつ…』

「分かった。エウロペの処刑を止めに行こう」

『うむ。その通り。そもそも我らは諸君に協力ばかり強いてきた。報酬のひとつも支払えていない。これが最高の報酬になると言うのなら、カルデアは協力するに吝かではない…と言おうとしたのに君ィ!なんで先に承諾してるの!?』

「所長は承諾してくれると思ってたんで」


立香はゴルドルフに先んじて了承を伝えていたが、ゴルドルフもまた、特にごねることなく頷いてくれた。
そして立香は同時に、唯斗にも笑顔を向ける。


「それに、いつも俺が唯斗に我が儘聞いてもらってきたんだもん。特異点Fから今までずっと、3年半もね。唯斗からのお願い、聞かないわけないでしょ?」

「っ、そう、か」


立香もそれには気づいていたようで、なんだか気恥ずかしくなって視線をそらすと、立香は唯斗の目元をそっと撫でる。先ほど、泣いてはいないが声を詰まらせたため、心配してくれているようだ。


「そうだよ。俺の唯斗の頼みだからね」

「…藤丸君、君の、ではないだろう」

「俺の方がアーサー王より長く唯斗と一緒にいるんだけど?」


そしてアーサーと立香がそんなしょうもないことを言い始めて、ようやく、いつもの空気に戻る。そう、いつもと同じだ。意味があるかどうかではなく、助けたいから、助けに行くのだ。


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