星間都市山脈オリュンポスIII−16
宮本武蔵が女として生まれたとある世界は、すでに剪定事象として消滅しており、その前に世界を巡る旅に放り出されてしまった武蔵は帰る場所もなく、世界を渡り歩いた。
その末に何度か立香と出会い、助け、そして、その最後の世界がオリュンポスとなった。彼女は最初から、これが最後だと理解していたのだ。
「私の旅はこれで終わり!至天の彼方に浮かぶ大機神、ならば相手に不足なし!」
「だから待ってってば!」
立香は武蔵を引き留めようとしたが、そこに通信が割って入った。ストーム・ボーダーからだ。
『やっとのことで大神殿上空に到達した!ってなんだねあれは!?!?』
「お、これぞまさに渡りに船!」
神殿上空にやってきたストーム・ボーダーを見上げ、武蔵はそう言うと軽やかに跳躍し、100メートルほど上空のボーダーの甲板へとゼウスの破片や神殿の瓦礫を伝って飛び乗った。
「所長さん!このままあの裂け目めがけて飛んで!私のとっておきでスパッと解決してみせるから!」
『な、なに!?』
突然のことにボーダーは滞空してどうするか迷っているように見える。立香もマシュも、武蔵を引き留めようと上空に向けて叫んだ。
「待てって!それならみんなで…!」
「そうです武蔵さん!ボーダーがあるなら他に手段が!」
「…やめなさい、藤丸君、マシュ」
しかし、それを制したのはアーサーだった。あまりこういうことはなかったため、立香もマシュもびっくりして言葉を止める。唯斗も驚いて、アーサーを窺う。
「アーサー…?」
「私も世界を渡り歩く者だ。しかし彼女と違い、私には帰る場所がある。元の世界がある。それがない状態で旅を続け、ここを終わりと定めた。君たちを、この世界を守ることですべてを果たすと決意した。その強さ、覚悟…踏みにじってはならない。藤丸君、マスターとして彼女にしてやるべきこと、分かるね」
立香は目を見開いた。
ボーダーは回転し、空の隙間を目指し始める。武蔵はその甲板からこちらに声をかけた。
「ありがとう騎士王さん!あなたとも仕合いたかったわ!」
「私もだ、剣聖・宮本武蔵!」
アーサーに諭された立香は歯を食いしばり、そして、もう令呪も残っていない状態ながら魔力を振り絞って武蔵に送る。
ボーダーはエンジンをフル回転させて猛発進する用意を整えていた。
「みんなのおかげで、私は正義の味方でいられた!汎人類史の宮本武蔵にも負けないくらい!じゃあね、今までありがとう立香!」
その次の瞬間、ボーダーは急発進してカオスへと突き進んだ。上空2万メートルへと猛スピードで飛行して遠ざかっていく。
立香は、そのデッキで仁王立ちになる武蔵に向けて、声の限り叫んだ。
「武蔵ちゃんの、バカヤローーーー!!!」
その声が届いたかは分からない。しかし、ロムルスが導いた光の道を進むボーダーは、カオスの迎撃を耐え凌ぎ、そして。
カオスの瞳を切り裂く青白い一閃が煌めくと、唐突に、空の亀裂は消滅した。まるで、最初からそこには何もなかったかのように、呆気なくかき消えたのだ。
空から押さえつけるような威圧感も消えた先に、ボーダーだけが寄る辺なく漂っている。
『……艦長として報告する。カオスは再び無へと戻り恒久的に沈黙。セイバー・宮本武蔵は、その霊基すべてを費やして、カオスをこの世界から追放した。カルデアの霊基グラフからも、「なかったこと」になっている。僕からの報告は以上だ』
ネモはあえて端的に伝えてくれた。もとより「なかった世界」として剪定された事象の出身だ、その霊基の消失とともに、存在記録自体が消えた。
″彼″を彷彿とさせるような終わり方だったが、唯斗は立香の背中を軽く叩く。
「俺たちが忘れないだろ。我らが日本の、誇りある武士のこと。だから俺たちが生きてる限り武蔵も生き続ける。それは、これから俺たちが戦う目的でもある」
「……うん、そうだね。行こう、キリシュタリアを倒しに」