星間都市山脈オリュンポスIII−24
離宮から回廊を伝って神殿に戻ってきた一同だったが、すでに機神回廊はほとんど崩落しており、天井からひっきりなしに瓦礫が落下してきていた。
通信からはボーダーが20分で到着すると告げていたが、すでに都市基底部や神殿下層の庭園も崩落がひどくなっており、大量の瓦礫が都市を圧壊させているとのことだった。
西部地区でフィールドワークと称して話を聞いた女性も、東部彫像街の子供たちも、すでに死んでしまったか、今まさに死を覚悟しているところなのだろう。それを考えすぎるのは良くないと頭を振り、唯斗は冷静に、残る10分ちょっとを耐え凌ぐかに思考を巡らせた。
もはや浮遊礼装も使えないほど、唯斗も立香も疲弊している。アーサーとホームズも同様で、マシュすらサーヴァントとしての力がほぼ出力できない状態だ。
「マスター危ない!」
すると、アーサーは唯斗を抱きかかえて俊敏にその場を離れる。直後、天井から大きな瓦礫が落下し、床を破砕してさらに階下へと落下させていった。粉塵が漂い、アーサーは唯斗を下ろしつつもすぐ近くに控えさせる。
この調子では10分は保たない。そこで、それを見ていたエウロペがアデーレとマカリオスに向き直った。
「わたくしの魔力ももう僅かですが…アデーレ、マカリオス。カルデアの子らに、防御と浮遊の術式を。お手伝いしてくれると、嬉しいのだけど…どうするかは、あなたたちに任せます」
エウロペはカルデアをボーダーに送り届ける術式を使うことを提案した。それは同時に、彼らがこの神殿で終わりを迎える覚悟を決めることを意味する。
しかし双子はすぐに応じた。
「ええ、承知いたしましたエウロペ様」
「俺も賛成だ」
「そ、それなら皆さんも…」
マシュは自分たちを含めていないことに動揺するが、アデーレは少し悲しそうに微笑む。
「いいえ。破神は成され、空想樹は消失しました。異聞帯は消滅し、これが…私たちの望んでいた明日です」
「今この瞬間、俺たちの細胞は成長を再開してる。俺たち、やっと戻ってこれたんだ。1万年前の続きに。だから、ここまででいいんだ」
「この異聞帯は元の姿に戻る…でも、私たちの時間は、ここからなの。マシュ、立香、唯斗…ありがとう。どうか、お元気で。瞬きほどの短い時間だったけれど…とても、楽しかった」
二人の言葉に、立香は唇を引き締めてぐっと堪える。それを見たマカリオスは苦笑する。
「そんな顔するなよ。本当に感謝してるんだ」
「私たち、感じてるんです。昨日と違う今日にいる、私たち成長してる。今日は、何が起こるか分からない。そんな感覚…ずっと、求めていたもの」
「だから、ありがとう、だ。たとえこの世界がなかったものになるんだとしても…お前たちが、俺たちとのことを誇りに思ってくれるなら。それだけで、無為な永遠を過ごすよりよっぽど…意味がある」
これまでの異聞帯では、終わりを悟った現地の人々との別れを経験したことはなかった。それでもアデーレとマカリオスは、笑って、礼を伝えてくれた。
たった数十分にも満たない「明日」になるだろう。それでも、この瞬間を、永遠の時間よりも価値のあるものだと感じている。
必死に堪えている立香に代わり、唯斗が口を開いた。
「…こちらこそありがとう。人として、人類として…あなたたちが示したものは、間違いなく、誇りあるものだ。この4日間のこと、ずっと忘れない」
「私も礼を言おう、オリュンポスの双子よ。マスターたちを助けてくれてありがとう。私の不死性は肉体のみ、精神まで停滞したことはなかったけれど…それでも、永遠の王である私ですら、君たちの決断がどれほど勇気あるものだったか、驚きと敬意を表するべきものだと感じている。人の模範たる君たちを、私も永遠に記憶しよう」
アーサーも唯斗に続けて礼を言ったのを見て、唯斗は術式をかけてもらう前に最後の魔力を振り絞る。
「…アキレウス、」
「おう!」
呼び出したのはアキレウス。最後になんとか、唯斗は自力で先にボーダーに向かうことにした。少しでもエウロペたちの負担を減らすためだ。
魔術回路が痛みを発しているが、なんとか現界と最低限の飛行は可能だろう。
「先に…ぐっ、俺とアーサーは、アキレウスと先にボーダーに合流して、立香たちの座標まで案内する。後から、安全優先で来てくれ」
「分かった」
立香の声は震えていない。なんとか、感情を落ち着かせたらしい。
アキレウスの戦車にアーサーと乗り込むと、エウロペは双子を優しく抱き寄せながら微笑んだ。
「私からもお礼を。ゼウス様の愛を、オリュンポスの誇りを、見送ってくれてありがとう。…天におわす御方、我が愛しきゼウス。人理の彼方から、彼らに風を、そして守護を。降り注ぐ厄災から、彼らを守りたまえ」
そして術式を双子とともに展開し、立香たちも浮遊させる。
マカリオスは笑顔で手を振った。
「じゃあな!立香!唯斗!マシュ!ホームズ!フォウ!汎人類史の人間は弱っちいらしいけど、それとは別に、すごいマスターだったと思うぞ!なんてったって、大神ゼウスの盟友キリシュタリアに正面から競り勝ったんだからな!」
「二人ともありがとう!二人も、すごい双子だったよ!!」
立香は笑顔で最後に手を振り返す。アデーレはそれを聞いて楽しそうに笑った。
「やだ、すごい双子ってなにーー!?もっと個別に褒めてくれなきゃ!あはは!」
そう笑って目尻を拭ったアデーレ、同じく笑顔で大きく手を振るマカリオス。
アキレウスはそれを見届けてから戦車を勢いよく走らせて、立香たちより先にボーダーへと向かう。
彼らの望んだ明日になった、しかし、これより先の明日はやってこない。
眼下には、崩壊した結晶山脈や神殿の瓦礫に押しつぶされていく高層ビルや巨大な彫像、祭壇、ガラス張りの高速道路や幾何学的な形のビル群が見えている。1000万の市民は、もう再生することはない。
不思議と、阿鼻叫喚は聞こえてこない。1万年の終わりというものは、唯斗たち普通の人間の死とは異なるものということなのかもしれなかった。
「頑張ったな、マスター」
すると、戦車を走らせるアキレウスは軽く振り返ってそんなことを言ってくれた。短く端的な言葉だったが、アトランティスでのことも思い出されて、唯斗は声を出せず、頷くことしかできなかった。