残滓と余波−2
もちろん詳しい会話は知らないが、様子を見るに、立香とマンドリカルドは「弱さの共有」を行った。追い詰められていた絶望の海で、自分の至らない点をまざまざと見せつけられた立香にとって、それはとても重要なことだったはずだ。
「もともと、魔術師じゃなかった立香は、グランドオーダーの最初から、ずっと『できないこと』ばかりで、ある程度魔術が使える俺や知識のあるスタッフたちとの差を感じ続けてきたはずだ。優れた魔術師であるクリプターとの対決でそれははっきり意識されたはずだし、そんな中であの絶海にぶちあたり、そこでマンドリカルドと出会った」
「…なんか、仕組まれてたんじゃねぇかって感じっすね…」
「それが抑止力ってやつなのか、あるいは立香の運命力なのか…いずれにせよ、そういう条件が揃ってのことだから、インパクトがあったんだ」
とはいえ大事なのはここからだ。確かにアトランティスでのマンドリカルドとの出会いは劇的で、数ある出会いと別れの中でも最も大きな意味のある出来事だったことだろう。
それを繰り返した今、同じことにはならない。
「でもな、今回の召喚は少し違う。あまりに大きな犠牲を乗り越えて異聞帯を攻略した。何より、最強の魔術師だったキリシュタリアに打ち勝った。今の立香は、アトランティスほど追い詰められていないし、この異聞帯での経験でさらに成長して、それを自分で実感してると思う。だから、あのときほど、友達が必要ではないんだ」
「じゃ、じゃあ俺自体いらねぇっすね…?」
「アホ。友達である必要はないって話だ」
頓珍漢なことを言うマンドリカルドの足を軽く蹴飛ばす。痛くないはずだが、マンドリカルドはなぜかビビっていた。不良っぽい見た目のくせに、たむろする不良にビビってコンビニに入れなさそうなタイプだ。
一方、マンドリカルドは唯斗の言葉を理解してポカンとする。
「友達である必要はない…けど、俺は現界している必要があるんすか」
「そう。アトランティスで、マンドリカルドは立派な騎士になりたいと言いながら、最後は友としてデュランダルでアルテミスの矢を防いだ。今、友達としての役割は必要ないけど…それでも、一番大きな役割は変わらないだろ」
「……そうか、俺は…何よりも、マスターの騎士、だったな」
友である前に、マンドリカルドは騎士だ。ならば、立香との付き合い方も定まる。それに、と唯斗は付け足す。
「多分、これは立香も言うだろうけど。友達じゃなくても一緒にいることはできるだろ。俺が友達じゃないように、そして、天草やロビンがやっているように、友達じゃなくても、立香の傍で立香が自然に笑えるようにすることはできるはずだ。それは、アキレウスのような生粋の英雄や、ギルガメッシュのような王にはできないことだ」
「…分かった。なんか、見えてきた気がする。マスターと話してみるっす」
もうマンドリカルドの瞳から迷いは消えていた。答えはもうほとんど出ていて、それを確信するために、立香のところに行こうとしているのだろう。
だが立ち上がったマンドリカルドは、その前に唯斗を振り返る。
「にしても、唯斗は友達じゃないにしろ、マスターのこと、深く理解してるんすね。まぁ当然か、それだけ長いこと一緒にいたんだもんな」
「まぁ、3年半以上、一緒にいるな。っつっても、俺がもっと普通の人間らしいヤツだったら、立香ももっと楽だったはずなのに、とは思うけど」
「あんたの優しさとか誠実さとか、ずっとマスターは救われてきたと思うっすよ。アトランティスの俺以上に、ずっと」
どうやらマンドリカルドは、薄々、唯斗がアトランティスのマンドリカルドのように立香に寄り添えなかったという唯斗の悔恨を理解しているようだ。唯斗の中でのそれは、今回に限らずずっと唯斗の中にあるものだ。もっと自分がまともだったら、普通だったら、立香やロマニを支えてやれたのに、という後悔。
それを直接暴かないまでも励ましてくれたマンドリカルドに、唯斗は表情を緩める。
「…ありがとな。マンドリカルドのそういう優しさ、俺も好きだよ」
「んなっ、」
顔を赤くしたマンドリカルドは、しどろもどろになりながら、それでも唯斗と目を合わせて言った。
「…唯斗のまっすぐな優しさ、俺もいいな、って思う…思います……」
「ふは、なんで敬語になるんだよ」
ついおかしく笑ってしまうと、マンドリカルドはさらに顔を赤くして、「じゃ、じゃあマスターのとこ行くんで!」と唯斗の部屋を後にした。
きっともう、マンドリカルドと立香は大丈夫だろう。マンドリカルドは騎士として、立香はマスターとして、その関係性を新たにしていくし、それは友達でなかったとしても、距離の近く気兼ねのないものになるはずだ。