残滓と余波−3
帰還から1週間、ようやく大西洋での負傷やリソース消費の反動が一段落した頃、再び危機が訪れた。
平安時代の日本に大規模な特異点が発生し、もしかするとリンボが潜伏している可能性がある、とホームズは予想していた。
唯斗とアーサーも、立香たちとともにレイシフトを行おうとしたわけだが、なんとレイシフトは失敗。
立香と加藤段蔵だけがレイシフトに成功し、唯斗を含む他のメンバーは弾かれてコフィンに戻ってきてしまったのだ。
ホームズの見立てでは、恐らくリンボによって意図的に立香と段蔵だけが招き入れられ、逆に唯斗とアーサーは脅威と判断されて弾かれたのだろう、とのことだった。
通信もほとんど繋がらない状況下であったが、立香は無事に現地で生前の金時や頼光のほか、伝説の鬼狩り武者である渡辺綱、紫式部、清少納言といった人物たちと合流し、辛くもリンボに勝利。
挙げ句の果てにリンボこと蘆屋道満をカルデアに招き入れる始末だった。
カルデアのサーヴァントとなった道満や、同じくカルデアにやってきた渡辺綱が新しく戦力となったと思ったら、今度はアイアイエー島にレイシフトしてオデュッセウスを仲間にし、さらに鎌倉にレイシフトして鬼一法眼と平景清と契約して帰ってきた。
周りからは「またやってる」と思われている立香だったが、徐々にその表情に疲労が滲んでいることに唯斗は気づき、鎌倉から帰ってきたところで、立香を部屋に呼んだ。
3月をフルでレイシフトに費やし、もう4月に入っているが、休み無く特異点修復に臨んでいた立香にその感覚はないだろう。
本当は唯斗が立香の部屋に行こうと思っていたが、清姫や頼光、静謐だけでなく天井裏に全裸の道満が潜んでいると聞いてしまえば、さすがに心安まる場所ではないだろうと唯斗の部屋に呼んだ次第である。
例によってアーサーは席を外してくれていて、部屋に立香と二人きりになる。
いつも通り、唯斗の左側に立香が座るようにしてベッドに並んでいると、立香はおもむろに長い長いため息をついた。
「はぁーーーー………」
「…悪い、やっぱアイアイエーか鎌倉かどっちかは俺が行った方が良かったよな」
「…ううん、どっちも俺のサーヴァントが発端だし。俺が行かなきゃだったよ。でも、うん、平安京に唯斗がいなかったの、しんどかったかも」
そう言って、立香は突然、唯斗を抱き込むようにしてベッドに倒れた。立香の逞しい体に抱き込まれ、腕がぎゅっと唯斗を抱き締める。
「うお、どうした」
「…疲れた……」
疲れているなら、こんな唯斗を抱き枕にしていないで普通に寝て欲しいものだが、すんすんと唯斗の匂いを嗅いでいる様子に、とりあえず好きにさせる。正直気恥ずかしいが、もう今更だ。
「……あ、そうだ、マンドリカルドのこと、ありがとね。話してくれたんでしょ?」
「あぁ…少しな。ちょっとは打ち解けたか?」
「李書文老師の特訓を一緒に受けてるよ」
「めっちゃ打ち解けてるな…」
やはり、二人は二人の距離感をちゃんと作れているようだ。立香も踏ん切りがつけばあとはすぐだろうと思っていたため、なんとかなったようで安心する。ロビンと似たような関係性を維持できるだろう。
すると、立香は唯斗を腕枕するような状態でさらに抱き締める力を強くし、立香の胸板に顔を押しつけられるような状態にまでなった。ちょっと息苦しさを感じ、どうしたのかと軽く背中を叩く。
「どうした?」
「……ごめ、ごめん、唯斗…っ、」
立香の声が震えている。今にも泣きそうなそれに、唯斗は驚いて動きを止めてしまう。
あまりにも唐突で前触れもなかった。まるで、表面張力が弾けて水が溢れだしたかのようだ。
「いきなり、ごめんね、唯斗、」
「…いいよ、『今から泣きます』っつって泣くヤツなんていないだろ」
立香はそれに小さく笑いながらも、唯斗を抱き締めたままの腕を震わせた。
「ちょっと、疲れててしんどいところに、唯斗の優しさ感じて…マンドリカルドのこととか、今こうやって一緒にいてくれるところとか…それで、なんか、涙出てきて…」
「だいぶ疲れてるな…ちょっと休んだ方がいい。今週は3件レイシフトあったけど、2件は俺がやっておく。1件だけ、検証レイシフトで俺たち二人必要だから、それだけ頑張ろう」
「うん……唯斗、」
まるで迷子のようなか細い声で名前を呼ばれる。「うん?」と続きを促すと、少しの沈黙ののち、ぽつりと呟く。
「………唯斗は、どこにも行かないでね…」
「っ、」
「俺のこと、置いていかないで」
それは初めての言葉だった。もしかすると、ロマニをなくしたときからずっと思っていたのかもしれないし、旧カルデアのダ・ヴィンチや、あるいは大西洋でのこともあってのことかもしれないが、この類いの弱音は初めて聞いた。
「…当たり前だろ、全部解決して、元の生活に戻れるようになるまでは、一緒にいる」
「そのあとは?」
「…、アーサーと一緒にいられない、ってことになったら…そうだな、俺と立香と、マシュと、あとカドックも行けそうなら、みんなで世界一周でもしてみるか?それができるくらいの給金は出てるだろ」
「…いいね、それ」
淡い絵空事のような儚い約束だ。それでも今この瞬間、それは確かに意味があった。
徐々に寝息を立て始めた立香の呼吸を感じながら、唯斗も目を閉じる。
ブラックバレルによって運命力まで総動員して魂を削った立香が、これ以上、摩耗しないようにするには、やはり唯斗がもっと頑張らなければならない。
すでに立香は多くを犠牲にしているのだ、唯斗も、多少無理をしてでも残りの戦いに臨むべきだろう。