残滓と余波−14
その後、いくらか打ち合わせをしてから一度唯斗は美術館を出る。すると、ちょうどサンソンが正面玄関から外に出ようとしているところだっため、外に出たところで声をかける。
「サンソン」
「あぁ、マスター。首尾は上々ですか?」
「なんとかな。打ち合わせのために毎日従業員区画に立ち入ることができる。そっちは?」
「僕は、入館料の代わりに医務室で常駐する医者という立場を得ました。お互い、うまく潜入できたようですね」
「そっか」
サンソンは思ったよりも深く美術館に入っているようだ。これで、二人とも施設の裏側に入る機会が得られた。
美術館の前の広場には出店や屋台が出ており、唯斗はサンソンにケバブを勧められ、とりあえず購入して近くのベンチに並んで座る。
木陰のためいい具合に日差しも遮られ、爽やかな乾いた風が心地いい。
「あ、結構うまいな」
「でしょう。一通り試しましたので」
「なかなかエンジョイしてんな」
「そう、でしょうか。もちろん、倫理的にはどうかとも思うのですが…」
「盗みが?」
「はい」
敬虔なサンソンだ、さすがに堂々と盗みを働こうとしているのは引っかかるところもあるようだ。しかし、そのわりに抵抗感もなさそうに見える。
「そう言うけど、嫌ではなさそうだな」
「そうですね。恐らく、これが人理修復の旅路にあるものだからでしょう。微小特異点とはいえ、存在していてはいずれ人類史の悪性腫瘍になる。ならば取り除くのが正道です」
「まぁ、目的が正しければ悪じゃない、とも取れるか」
サンソンは頷いてから、視線を前に向ける。美術館を出入りする多くの人々を見ながら、話を続けた。
「言うなれば…そう、ゾクゾクします。やめられない、止める気もない、というか」
「……、サンソンって…そういうとこあるよな」
突然隣で何を言い出すのか。呆れたように高い位置にあるアクアマリンを見上げれば、サンソンは苦笑する。
「そういうところ、ですか」
「マリーのこともだけど…シンプルに変態だよな」
「おや、それは聞き捨てなりませんね」
そう言わざるを得ないだろうし、これは多くのサーヴァントたちにも同意してもらえると自負している。一方のサンソンは憮然とした。
「本当にそうか、試してみますか?ホテルで」
「それはさすがにアーサーを呼ぶことになるけど」
「そういえば、アーサー王とはまだ仲直りする予定はないのですか?」
変なことを言ってきたためアーサーの名を出せば、任務中ということもあり、サンソンもからりと切り替えて話題をアーサーに触れる。
この特異点に来る直前にも一悶着あったわけだが、それも一部始終をサンソンが見ていた。
「あー…どうだろう、俺からは謝るつもりないけど、帰還したらアーサーからアクションすると思う。レイシフトする前もそうだったけど、アーサーも自分から謝罪しようとしてくれたし」
「マスターがおっしゃっていた謝罪の3要件を満たした謝罪であれば受け入れる用意があるということですね」
「うん。この関係だって、いつ終わるか分からない薄氷のものだ。一分一秒でも長く、一緒にいたい」
「……まったく。ここまで想ってくれているマスターを傷つける発言をするなど言語道断です。やはり、別途制裁を…」
「…別に止めはしないけど……」
相変わらずのサンソンに苦笑しつつ、唯斗はケバブの最後の一口を口に含む。
そう、喧嘩のことでもう怒ってなどいない。ただ、この有限の関係を一秒でも良いものにしたいという思いで、この状態を早く終わらせたいとだけ感じていた。