残滓と余波−15


いつもと勝手が異なる特異点となったこの場所も、天草の怪盗適正があったのかなんなのか、無事に解決することができた。

黒幕はやはり館長で、どうやら「美術館の館長」という概念そのものであるらしい。
英雄に関するものを集めて展示することで、いつか誰かが次の英雄となるように、美術館というものが持つ「過去の未来への継承」という役目を果たそうとしていたそうだ。

最終的には、「荊軻の短刀が日本に渡り正倉院で保管されていたが、それを盗んだ中国人女性が美術館に売りに来た」という体裁で全員が各自の役割で突入し、最後に宮内庁の役人に扮した渡辺綱が天草ごとガラスケースを叩き切り、聖杯は確保された。

なお、天草は「怪盗なので」と言ってわざわざ宝物を奪って颯爽と帰って行くところまでやり、全員から怪しまれながらも、特異点は修復された。


そうしてカルデアに帰還した唯斗は、早速アーサーに呼ばれ、アーサーの部屋にやってきた。


「まずはお疲れ様、マスター。その、疲れていたり、怪我をしたりといったことがなければ、時間をくれないだろうか」

「ここまで呼んでおいて?」

「うっ…」


部屋に入るなり、立ったまま唯斗を振り返ってそう尋ねたアーサーに呆れて返すと言葉を詰まらせる。
普通は部屋に連れ込む前に聞くものだろうに、アーサーも気が逸っているらしい。
気まずそうにするアーサーに内心でおかしくなりつつ、とりあえず続きを待った。

やがて、意を決したようにアーサーは切り出す。


「…唯斗。先日は、本当にすまなかった。言わなくてもいいような、君を傷つける言葉を言ってしまった。本当に、申し訳ない」

「…それで?」


軽く頭を下げたアーサー。普段温厚で優しいため違和感がないが、そもそもこの男はブリテン王、人に謝罪するために頭を下げるような人物ではない。もちろん、礼儀やレディへの扱いという意味ではそういうことはあっただろうが、間違いなく、こういう場面は滅多になかったことだろう。


「…僕は、君を守りたい気持ちが先行しすぎて、あんなことを口走ってしまったのだと、そう思っていた」

「え、違うのか」


そうしてアーサーが言った言葉に、唯斗は意外に思う。単に守りたい気持ちが暴走してのことだとずっと思っていたからだ。ロシアやオリュンポスなどで見られたものと同じなのだと。


「もちろんそれもあった。けれど、一番は…ただ、僕が君といたかっただけだった。いや、君に、置いて行かれたくなかったんだ」

「置いていく、って…?」


続けた言葉は、唯斗にはそのままでは理解できないものだった。置いていく、というようなことを唯斗がしたことはなかったはずだ。


「君は生きている、そして目覚ましい成長を遂げている。それは当然のことなのに、君があまりにも素敵で格好いい人間に成長していくものだから、焦ってしまった。まるで、この手から離れていくような…そんな気がして、視界に留めていたくて。そして、僕が傍にいる限り、活性アンプルなんて必要にならないはずだ。そう思って、アンプルの使用に反対したんだ。当然、あのきつい副作用への心配も大きかったけれど、あんな副作用を経験してもなお、それを使う勇気を持ち続けていた君に、ますます遠くへ行ってしまうような、生き急いでいるかのような、そんな不安に駆られてしまった」

「…自分で言うのもなんだけど、俺、グランドオーダーのときの成長スピードの方が速かった気がするけどな。スタートが低すぎて」

「普通の人間になるまでの成長がグランドオーダーやレムナントオーダーでの旅路であったなら、ロストベルトを巡るオーダーでの成長は、人間になってから、というようなイメージだろう。ロシアで臆せず戦い藤丸君たちを守り、僕を叱咤した。北欧や中国で現地の人間とそつなくコミュニケーションをこなし、オリュンポスではアフロディーテから僕を守ってくれた」


確かに、かつての唯斗なら慌てたり動揺したりしていた場面で冷静になっていたし、アーサーの一挙手一投足に顔を赤らめることもなくなった。他人とのコミュニケーションにも慣れ、見えるものや理解できるものが増えたのかもしれない。
そしてそれを、アーサーは置いて行かれるようだと感じていた。

アーサーにとっては、生者とここまで長く一緒にいたことは生前以来だったため、人間の成長というものへの感じ方も異なっていたのだろう。

そんな焦りが、きつい副作用があると知りながら活性アンプルを使ってでも戦おうとする唯斗の姿によって良くない形で表出し、喧嘩になってしまったということだ。


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