永久凍土帝国アナスタシアII−1


スモレンスクでの略奪は、とりあえず当座の砦の食料を確保するのにギリギリの量を確保できた。しかし、まだかなり際どい水準だ。
さらに、パツシィはスモレンスクで離脱してしまい行方不明、叛逆軍も少し犠牲が出ている。巻き込んでしまったのはカルデア側であるため、今は無事を祈るしかないだろう。

一方で、アタランテはかつて叛逆軍を離反した者たちが暴れているという南東の町、ヤガ・トゥーラでの状況確認と、できれば周辺の町を味方につけることをカルデアに依頼した。
旧トゥーラ州の州都であったトゥーラは、ここから直線でも250キロ以上離れているため、往復で3日以上は空けることになるはずだ。

その間、戦力が薄くなることを防ぎ、かつギリギリの食糧事情をもう少し改善しておくべく、唯斗とアーサーは砦に残って周辺の狩りやアタランテの手伝いをすることになった。
パツシィがいないこともあって、自分たちで食べる分の食料を捌いて用意しておく必要もある。また、アヴィケブロンに示された鉱石についても、その魔術的特性を判別できるのは唯斗の目だけであったため、いろいろと雑務を請け負う形である。

立香たちが出立し、唯斗も早速、アタランテから仕事を言いつけられ、砦を出て北東へと向かっている。


「この先です、唯斗さん」


ヤガの一人に示された森の先には、確かに洞窟がある。

ここは旧トヴェリ州南東部の森林で、今はすでに枯れた川によって形成された渓谷の底だった。
この先に洞窟があり、この洞窟を抜ければモスクワ近郊に出られるという。

ヤガの案内で洞窟に入ると、ところどころがまだ塞がっていた。


「こっちのロシアとはまったく地形が違うな…この500年で吹雪がかなり地形を削ったのか…」

「確かにこの洞窟なら、敵に見つからずに抜けられそうだね」


アーサーは壁を剣で軽く叩き、その厚みを確かめる。簡単に崩れる場所でもなさそうだ。
ヤガは唯斗たちの様子を見守り、洞窟が使えるか評価を待っている。

実は、モスクワ侵攻に備えて砦を移動させることを検討しており、その立地の選定を行っているのだという。唯斗は、今回見つかった洞窟がモスクワ侵攻に役立つかどうか、また、その入り口付近に砦を建設できるかどうかを判断する仕事でここに来ている。


「とはいっても、ここからモスクワまで200キロある。ヴォルガ川の川床だった場所の、地下水が通っていた場所が崩落してできた洞窟だとすれば、半分以上は地下を通れるかもな。それに…」


唯斗は壁面をナイフの柄で叩き、軽く表面を削って中を見つめる。視界に魔術をかけて見聞すれば、かなり良質な魔力が籠められていることが確認できた。


「アヴィケブロンのお眼鏡に叶う石も採掘できそうだ。近くの森には魔獣もいそうだし、ちょうどいいんじゃないか」

「よかった!じゃあ早速砦に戻って報告しましょう!」


それなりに長いこと一緒に戦ってきたからか、ようやくヤガたちもカルデアに心を開いてくれており、接し方も丁寧になった。それだけ力を示したからだというと少し複雑だが。

そうして砦に戻りアタランテに報告しつつ、ついでに狩ってきた魔獣を捌いて薬草と塩の水につけ置きし、ようやくその日の仕事は終わりとなる。
日が暮れて寒々しい夜となり、宛がわれたカルデア用の部屋にアーサーと二人きりとなる。


「…なんか、二人だけって久々だな」

「そうだね。野営となる藤丸君たちには申し訳ないが…それにしても、寒くないかい?」

「今更かよって言いたいけど、確かに人がいないってだけで気温下がるな」


複数人がいるというだけでまったく異なるものだ。
今この部屋にはアーサーと二人だけであるため、か細い暖炉の火だけでは寒さが身に染みた。

すると、アーサーは暖炉の前で腰を下ろし、いつも通り、自分の足の間を示す。毛布まで用意して準備万端だ。


「ほら、おいで」

「…ん、」


さすがに立香やパツシィたちがいた手前、そういう暖の取り方は避けていた。しかし今は誰もいない。
唯斗はアーサーの足の間に座ると、後ろの体に凭れる。アーサーは毛布で唯斗を包むと、そのまま抱き締めた。
正面には暖炉の火があり、アーサーに後ろから抱き締められた状態で座っていると、やっと落ち着けた気がした。


「…また君は強くなったね」

「なんだいきなり」


すると、アーサーは耳元で囁くようにそう言った。少しくすぐったく感じながらも、脈絡のないそれに首をかしげる。


「生きることに強くなった。狩りにしても、肉の処理にしても、コミュニケーションにしても」

「…、まぁ、そうかもな。でも……」


生きるために戦った先に待っているものを、薄々勘付いている。まだこのロシアの全容は掴めていないとはいえ、なんであれ、これから戦う皇帝軍も、モスクワも、彼らが何かしたわけではないのだ。確かに圧政だろう、しかし唯斗たちはこの国の政治を変えようとしているわけではない。
いや、叛逆軍はそれが目的だが、カルデアはそれを利用しているだけだ。

そこまで考えたところで、アーサーはそっと唯斗の頭を撫でる。


「大丈夫、君ならちゃんと、君なりの答えを出せる。それが君の、真の強さだ。僕が必ず守る。だから、ゆっくり自分の心と向き合いながら、目の前のものと戦おう」

「…分かった。ありがとな、アーサーが傍にいてくれなかったら、俺は…」

「僕がいなければいなかったで、君は戦えたよ。もう君はそれだけの強さを持っている。けれど、僕がいるからには、存分に甘えてくれていいからね」

「……ん、」


なんであれ敵は強大だ。余計なことを考えている余裕はない。
だがせめて、戦いが終わったあとに、この戦いの意味を直視しようと思った。


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