永久凍土帝国アナスタシアII−3
すでにアステリオスはこちらから注意を離して、周囲の家屋を破壊し、中にいたヤガたちを捕食し始めた。口に入りきらない大きさのヤガは体を引き裂いて飲み込んでいく。内臓が大量の血液とともに雪に散らばっていくのを見て、思わず目を逸らした。
握りしめた拳からは、爪が手の平を破って血が滲んでいることだろう。
勝てない。言峰の言うとおり、アーサーと唯斗だけでは、言峰やアステリオス、さらにはカドックがいるなら共にいるかもしれないアナスタシアを含めて相手取ることは不可能だ。
すでにサリエリが救援を使い魔に託しているだろうが、それを受け取った立香たちが到着するのは速くても半日後となる。
「…別っていうのは?」
「僕は勝つためならなんでも使う。それが敵の力であっても。どんな泥臭く惨めな方法でも、すべて使ってやっと、僕はあいつらと同じ土俵に立つ…この状況でゆっくり話しても頷いてくれないだろうからな、捕らえさせてもらう」
カドックがそう言った瞬間、一瞬で言峰は唯斗の背後に回り、唯斗を後ろ手に拘束した。
「っ、マスター!」
「遅い。魔力放出がなければその程度か。カドック、騎士王はどうする」
「利用するには正義感が強すぎる。始末できるか?」
どうやらカドックは、唯斗を利用するつもりらしい。頷く、という言葉から、ある程度唯斗から能動的に動くことを期待している。ならば、すぐに殺されることはない。
一方でアーサーは始末されるようだ。今でこそエネルギーが足りずサーヴァントとしての出力は非常に減衰しているが、この先アーサーの力は必要だ。
いや、そんな道理はどうでもいい。唯斗はアーサーを守る義務がある。マスターだからではない、恋人だからだ。
(アーサー、離脱しろ。俺は交渉に応じて時間を稼ぐ)
(なっ、そんなこと、)
(頼む。正直に言う、アーサーがここで死んだら俺は保たない、心が。だから、今は騎士王に対して敗走を命じることを、許してくれ)
(……、承知した。たとえある程度カルデアを裏切っても、必ず生きてくれ。いいね)
アーサーは過去になく、苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべる。この指示がどれだけアーサーのプライドを傷つけるか、さすがに唯斗でも理解できることだ。
あのブリテン王に、騎士王に負け犬のごとく逃げ出せと命じるのだから。
しかし今はこの場で生き延びることを、そしてこの先唯斗が戦っていくための可能性を残すことを優先してもらわなければならない。
アーサーの奥歯を噛みしめるギリッという音がここまで聞こえてきた。その直後、アーサーは足に瞬間的に魔力を籠めてその場を飛び出した。
見るからにセイバーであり、単独行動スキルのないアーサーがマスターを離れて行くとは誰も思わなかっただろう。あるいは、騎士王ともあろう者が逃げるとは。
それが隙だった。アーサーは一瞬で砦から姿を消す。
「…驚いたな。騎士王が逃げるとは」
本気で驚いている言峰に、カドックも意外そうにする。一方の唯斗はカドックに声をかけた。
「あのアーサー王はちょっと特殊だ。どれだけ離れても問題ない。追いかけるのはいいが、その場合俺も全力で抵抗する。深追いせず、話ってやつの本題に入ってくれるなら、おとなしくしてる」
「…分かった。マカリー司祭、あとは任せた。行こう唯斗、馬車を用意してある」
「…マカリー司祭?」
「あぁ、私の真名だ。その名を長く呼んでくれるような関係になることを祈っている」
イヴァン雷帝が幼少期に指導を受けていた家庭教師役の司祭がマカリーだ。アナスタシアを亡くした頃、最も雷帝が誰かの指導を必要としていたときには病にあり、その暴走を止めることができなかった。
それにしても、わざわざマカリー司祭が聖堂教会の神父の体を借りて疑似サーヴァントになる理由が分からない。いったいなんの意味があるのか。
疑問を深めつつも、唯斗はカドックに連れられて馬車に入った。