永久凍土帝国アナスタシアII−4
砦からの殺戮と破壊の音を聞かされながら、唯斗は馬車の中でカドックと二人になった。
荷台の幌の中で、正面にカドックが座っている。特に拘束されるでもなく、唯斗も向かいに腰を下ろした。
「僕の体感では数ヶ月程度だが…君にとっては2年以上ぶりか」
「そうなる。2015年の7月以来だ」
「…ほとんど身長が伸びていないのは不摂生のせいか?」
「……」
唯斗は無言でカドックの足を蹴った。その反応にカドックは小さく笑う。邪気のない、カルデアでよく見た優しい笑いだ。
そのわりに、目元にはかつてなかったひどい隈ができており、体も逞しくはなっているが、それはこのロシアで過ごした3ヶ月によるものなのだろう。
明らかにストレスと疲労を滲ませている様子だ。
「…で、話ってのは、俺にカルデアを裏切れって話か?」
「最終的にはな。ただ、裏切らずとも協力してもらいたいフェーズはある」
唯斗は少しだけカドックの言葉を考えて、ひょっとして、と思い至る。
「…カドックは、」
そこまで言いかけて、唯斗は周りに目を向ける。オプリチニキがいると話せない。
「…さすがだな。もう僕の意図には気づいたのか。大丈夫、オプリチニキはこの周りには配置してない。すべて司祭につけてる」
「ならいい。イヴァン雷帝を、カルデアを利用して倒して、この異聞帯統治を自分たちの手元で行うってわけか」
「そういうことだ。さすがにカルデアと表だって協調するつもりはない、ただの目的の一致だ。いずれにせよ、唯斗にも藤丸立香にも、イヴァン雷帝打倒は手伝ってもらうことになるさ。ただ僕は、君にはその後も手を貸して欲しいと思っている」
恐らくだが、異聞帯を白紙化した地球の新しいテクスチャにすることがクリプターの目的だ。だとすると、剪定されたような歴史がテクスチャとして成立するには相応の「強度」が必要になる。
このロシア異聞帯はそれだけの強度を持つことはできない。なぜなら、イヴァン雷帝の恐怖政治が続く限り、この世界に発展はないからだ。じわじわとヤガたちが死滅していくだけの空間になってしまう。いや、だからこの世界は剪定されたのだ。これ以上の可能性を持つことができないのである。
「…イヴァン雷帝を排除して、この異聞帯の人類が発展できるよう可能性を現出することで、歴史の強度を高めてテクスチャを上書きする…それが目的だな」
「そういうことだ。やっぱり唯斗がいてくれれば、よりスムーズにことが進む。唯斗なら、雷帝亡き後のロシア経営に道筋がついているだろう?恐らく僕とも一致する未来が」
「ソ連の再建だろ。この状況でヤガの生産力を高めるには共産化するしかない。オプリチニキなしで社会主義体制を造るのは骨が折れるけど、まぁ、この強者だけが生きる世界というのを考えれば、サーヴァントで制圧するのは容易いか。あるいは、雷帝を倒したという実績。それでヤガをまとめて上げて社会主義社会として、生産力をコントロールして必要物資を配給制にすることで統治権を隅々まで行使すると」
「はは、本当にまったく同じ事を考えるな、唯斗は」
またもカドックは屈託なく笑う。この状況でなければ、カルデアで歴史トークに花を咲かせていた頃を彷彿とさせただろう。
「…それにしたって、いったいどうやって雷帝を倒すんだ?こっちの戦力だってギリギリだ、カルデアを利用して雷帝を倒すなら、俺たちの侵攻を座して待てば良かっただろ」
「それも手だったが、アヴィケブロンを見て気が変わった。あれなら、雷帝に張り合う巨大ゴーレムを作れる。できることならカルデアに力を借りすぎずにやりたいんでね。アヴィケブロンとアタランテだけを直接の戦力としてスカウトして、あとはカルデアには勝手に動いてもらう。唯斗には、できれば最初から力を貸して欲しいと思っているわけだけど」
「…、さすがに応じられない。けど、当面は抵抗もしない。どうせこのあとモスクワに行くんだろ?遅かれ早かれカルデアもモスクワに突撃してくる。俺が首をどう振ろうが、数日以内に雷帝と人間との全面衝突になる」
「そうだな、その間に説得を続けるとしよう」
雷帝という共通の敵を倒すまでは、敵対はしない。その後、カドックはカルデアと対決することになる。唯斗も雷帝を倒すまでは抵抗するつもりなかったが、そのあとは、カドックを殺すことになってでも戦わなければならないのだと、改めて実感した。