永久凍土帝国アナスタシアII−5
壊滅した砦にて、アーサーが立香たちと合流したのは半日後、さらに直後に現れたアステリオスによって迷宮に閉じ込められ、そこから脱出した頃には夜になっていた。
ボーダーが機能を回復したことで砦まで移動してきて、夜のうちには全員でアタランテたちが連れ去られたと見られる皇帝側の要塞に移動したが、そこはもぬけの殻だった。
ここまで実に三日ほど、今はボーダーに乗ってモスクワを目指しているところだ。
デッキにて、アーサーはただ沈黙を保っている。スタッフたちのほか、ホームズやダ・ヴィンチ、ゴルドルフ、ビリー、合流したベオウルフ、そして迷宮で偶然出会った宮本武蔵、立香、マシュもいるが、アヴィケブロンは迷宮に閉じ込められている間にクリプターたちに連れ去られたと考えられている。
つまり、アタランテ、サリエリ、アヴィケブロンと唯斗がモスクワに連行されたということだ。
アーサーはすでに、ダ・ヴィンチたちに唯斗がカドック・ゼムルプスに何らかの交渉のために連れ去られたと報告してある。敵の魔術によって追跡こそできないものの、礼装の身体反応も観測できているため、生きていることも分かっていた。
しかしアーサーは、唯斗の身を案じることだけでなく、守り切れなかった己の不甲斐なさも含めて忸怩たる思いに駆られていた。
その自分への怒りや、砦を容赦なく壊滅させた非道さ、それを唯斗に見せつけたこと、挙げ句連れ去ったことなど様々な憎悪も合わさってひどくどす黒い感情になっている。
これが騎士王などとは笑いものだ。
女性の方、この世界線のアーサー王であるアルトリアが見れば、オルタ化したものと思われてしまいかねない。
必要な報告のみ行い、あとは一切口を開いていないアーサーに対して、他の者たちも気遣って話しかけることはしない。さすがの豪胆さというか、ホームズや立香はわりといつも通りだが、記録しか知らないダ・ヴィンチや気遣い屋のマシュなどは、アーサーから漏れ出る殺気に困惑している。
先ほどまでは、ブリーフィングや情報共有もあったため、アーサーはデッキに滞在しているが、そろそろ席を外さないとスタッフたちが心労で疲弊してしまう。
それは本意ではないため、アーサーはデッキを出て行くことにした。
「…あとはモスクワに向けて走るだけかな」
「その通りですよ、我らが騎士王。何度か戦闘があるかもしれませんが、基本はベオウルフやミズ武蔵に出てもらいます」
「承知した。では私は席を外していよう」
「あら、騎士王は一緒に戦ってくれないの?」
ここでそう言えてしまうことが彼女の強さだろう。武蔵はなんの悪気もなくそうのたまった。さすがにマシュやダ・ヴィンチが顔を青くしており、立香も焦っている。
「…残念ながら、武蔵殿。私はカルデアのシステムではなく、特殊な条件によって個人的にマスターのもとに召喚されている。だから出力が極めて落ちている状態だ。申し訳ないが、砦で子供一人守れず敗走した私では露払いにも時間をかけてしまうだろう」
「すごい、これだけの霊基のサーヴァントを召喚し続けられるなんて、よっぽど深い絆で結ばれているのね、騎士王と唯斗君」
皮肉めいた言い方は自分らしくなく、ほぼ初対面の相手に対してあまりに礼を欠いた表現であったため、アーサーはそれにすら舌打ちをつきたくなった。自分への怒りが濃くなったことで、ゴルドルフは蒼白な顔を真っ白にしていた。今一番唯斗の帰還を待っているのがアーサーなら、次はこの新所長かもしれない。
「……その通り。だから、すまない、ミスター・ホームズ、そしてダ・ヴィンチ女史、藤丸君。私はカルデアよりも、異聞帯よりも、汎人類史よりも…何よりも、マスターを、唯斗を優先する。すべてはその後だ。砦から逃げ帰った恥を承知で言おう。今の私一人で守れるものはとても少ない、すべての力をマスターを守ることだけに集中させてもらう」
「いいじゃないいいじゃない!そういうの、私は好きよ」
アーサーの言葉に、さすがのホームズも皮肉もジョークもなく頷き、ゴルドルフもぶんぶんと首を縦に振るしかできなかったが、武蔵はあっけらかんと笑った。
同じく、ベオウルフとビリーもニヤリとする。
「俺も、そういう方が人間味あっていいと思うぜ」
「逆にこっちは気にすることが一つ減るわけだしね」
からかうでもなく、ただ笑った二人は確かに英傑だ。アーサーもようやく少し口の端を緩めて、そのままデッキを後にした。
大切な人一人守れず、何が騎士王か。結局アーサーが守られてしまった。
だがそれを今どう自省しても意味がない。
この恥も悔しさもすべて、唯斗を守るためならば力としよう。それがアーサーに今できる決意そのものだった。