永久凍土帝国アナスタシアII−7
一応敵であるカドックに戦力を伝えてしまった形だ。まったく気にしていなかった唯斗の様子にカドックはため息をついた。
「まぁいいさ、そのメンバーじゃ対策なんてそもそも無駄だ。アナスタシアが言っていたファラオってのはラムセス2世のことだったのか…いいな……」
「だろ?ギルガメッシュも、エルキドゥの死後の旅から戻ってきたあとのキャスター霊基で契約してもらってたけど、一緒にウルクで仕事したときはわりと理想の上司だったな」
「あぁ、冥府の旅から帰った後だから名君に戻ってるのか。ウルクの城壁を築いたときだろ」
「そうそう。よく『あれをもってこい』とか『あれはどこだ』とか言われてたから、もう歳なんだから眉間の皺が取れなくなるぞって言ったらわりと本気のデコピン喰らった」
「デコピンで済んだだけマシだろ」
ふと、そんななんでもない会話が続いてしまったことに気づき黙ってしまう。カドックも、ついただの会話に興じてしまったことに気づいたのか、頬を掻いて気まずそうにする。
「…ふは、俺が言うのもなんだけど、下手くそかよ。説得するんじゃなかったのか」
「本当にお前が言うなって話だな」
思わず軽く笑ってしまうと、カドックも表情を緩めて呆れたような声を出す。それは存外優しいもので、気を張っていた肩から力を抜き、カドックはベッドの上で後ろに手をついた。
「…なぁ、汎人類史は、この世界を…他の異聞帯を滅ぼして淘汰するに相応しい世界なのか」
「っ、」
カドックは、ずっとそれを唯斗に聞きたかったのだろう。唯斗が直視するのを避けていた命題でもある。
そう、異聞帯と戦い、空想樹を無効化するということは、剪定されるはずだったところを延命された世界に対して、そのロスタイムの終わりを告げるということだ。
端的に言えば、これは世界を世界が蹴落とす戦いであり、別の世界を滅ぼす戦いだ。自分たちの世界を正しいものに修正する正義の旅ではない。何も悪いことをしていない異聞帯の人々を、その歴史ごと抹消するものなのだ。
カドックによって無理矢理目の前に突きつけられてしまったが、ある意味、良い機会かもしれない。
唯斗は、ずっと考えていた、いや、感じていたことを整理しながら、逆にカドックに問いかける。
「…前にさ、東京のとある特異点に行ったとき、そこは俺が生まれていない世界だったんだ。特異点の中心はあの父親、母を失わず俺が生まれることができなかった世界。そこにいた家族はみんな幸せそうだった」
「っ、唯斗…」
「…俺が生まれたからみんな不幸になった。父親も、グロスヴァレの親戚も、みんな。俺は生まれてこない方がみんな幸福だったし、立香だって俺がいなくてもグランドオーダーを達成できた。俺は存在しなくて良かった存在だ。カドックはどっちが望ましいと思う?俺が生まれずみんなが幸せな世界と、俺がいるこの世界」
「……、そ、れは…」
カドックは答えられずに押し黙る。幸福量の総合値で言えば、唯斗のいない世界の方が正しいだろう。
「…それでも俺は、生まれてきて良かったと思えるようになった。立香やアーサーと出会えて、ちゃんとした人間になれたから、そう思えた。そんな今だから、カドックと出会えたことも、カドックと過ごしたあの1ヶ月も、とてもとても大切なものだったんだって気づけた」
カドックと、先ほどのように英霊や歴史の話をするのが好きだった。意見を交わして、ときに夜遅くまで話すうちにそのまま寝てしまうことだってあった。
そんな時間のかけがえのなさを知るには、遅すぎた。
「俺がいない方が幸せだった人は多い。けど、俺は生まれてこられて良かったと思ってる。生きてきて良かったと思ってるし、これからも生きたいと思う。そんな俺は間違ってる?そんな俺が生きる世界は、間違いなのか?」
「…、僕は…僕だって、君にはこうして、これからも異聞帯で共にロシア経営を手伝って欲しいと思うくらい、君を大切に思ってる」
「…ありがとな。でも、そういうことだよ」
雑ぱくとした表現にカドックは首をかしげる。
あぁ結局、これもまた、ギルガメッシュとの会話に戻ってくるのだな、と、唯斗は改めて第七特異点でギルガメッシュと過ごした経験の貴重さを再確認する。