永久凍土帝国アナスタシアII−9


二日後、カドックが砦に書き置きを残した日となった。
この日はアタランテの処刑を行うことになっている。

モスクワの広場にて、オプリチニキが鎌を構えて、拘束されたアタランテが引っ立てられる。
カドックとアナスタシア、唯斗、アヴィケブロンも断頭台の後ろに控えている。
ヤガたちが観衆として見守る中、歩かされるアタランテにカドックは話しかけた。


「言っておきたいことはあるか?」

「…何も、ない」

「つらそうだな、あんたも狭間でもがき苦しんでるんだろ」


カドックが言うことは恐らく、長く異聞帯の人々と共にいたアタランテがこの世界に情を移し、これを滅ぼすことに疑問を抱いているということだろう。カドックはそこを切り崩す糸口としている。
これは遅かれ早かれ、アタランテはカルデアと対立するかもしれない。


「でも、本当に来るのかしら?状況は間違いなく不利だけれど」


アナスタシアはカルデアが突入してくることを疑問視しているが、それは疑いようもない。


「来るだろう。奴らはそれを行動で証明してきた」

「来るならまとめてだ。すべてを覆して大逆転させてやる」

「…そうだな、痛快無比の逆転劇だな、君にとっては」


いつも通り、アヴィケブロンは冷静だ。哲学者だけあり、カドックの思考は概ね理解しているのだろう。だがカドックは否定する。


「これは芝居じゃない。証明だ。僕でもできるという、証明だ」

「…なるほど。では、これでお別れだ。唯斗も、短い間だったがありがとう」

「……あぁ、こちらこそ。賢人ガビーロール」


堂々とアヴィケブロンはそう言うと、その場を後にした。すでにモスクワでの準備は完了しているらしい。
一応、カドックたちも唯斗は人質など使えそうな場面となれば使うだろう。それくらいはするはずだし、さすがにそこまで唯斗に対して情を向けることはしない。そんな生半可な覚悟で、彼らはここに立っていない。

そこに、重たい足音を立てながら巨体がやってきた。アステリオスだ。どうやら、処刑役はアステリオスにやらせるらしい。
断頭台に立つアタランテ、そこに迫るアステリオス。アヴィケブロンはすでに広場にはおらず、あまり多くはない群衆が見守る。

すると突然、南西の方角から爆発音が響いた。市街地の向こうに煙が上がる。スモレンスクなどより遥かに上等な近代建築が並ぶ華麗な首都の空に黒煙が上り、即座にオプリチニキがアナスタシアに報告する。


「叛逆者のサーヴァントが現れました」

「数は?」

「単騎です」


カドックは考えることもなく返答する。


「陽動だ、無視しろ…いや、お前たちには無理か。抹殺しろ」

「は」


オプリチニキたちはすぐに陽動役のサーヴァントの方へと向かい始めた。銃声が家々の合間に反響してくることから、恐らくビリーだろう。

ということは、と思った直後だった。

広場を囲む大きな建物の屋根から、突然何人かの人影が現れたのだ。数にしてたった5人、しかし3人は英霊だ。
しかも、そのうち一人は目にも止まらぬ速さで広場を駆け抜けた。ヤガたちはその衝撃で転び倒れていく。雪煙が広場に立ち上がり、その隙間から、よく知る翡翠が現れた。

たった一瞬、僅かな時間で、アーサーは唯斗の目の前に来たかと思うと、そのまま唯斗を抱き上げて地面を蹴った。
再び雪煙が舞い上がり、カドックたちの姿は見えなくなる。アーサーは広場に面した建物の屋根に降り立つと、もう一度屋根を蹴って市街地の屋根を駆けた。


「っ、アーサー!」

「まずは離れる、しっかり掴まっていて」


アーサーの腕の中に抱えられながら走ること数分、ようやくアーサーは運河の小さな橋の下に着地した。日陰になったそこは、雪こそ積もっていないがところどころ凍っており、唯斗はすぐに滑ってしまうだろう。
おとなしくアーサーの腕の中にいながら、とりあえず自分の足で立つ。


「大丈夫だったかい、マスター、怪我は?何もされていない?」

「大丈夫、イヴァン雷帝を倒したあとのロシアを一緒に立て直さないかってスカウトされてただけだ」

「雷帝を倒した後…?」


アーサーはさすがというか、すぐにその文脈のおかしさに気づく。カドックが雷帝の崩御を望んでいる流れになるからだ。
そろそろ、カドックの目的が形になる頃だ。事前に話して置いた方がスムーズだろう。


「カドックとアナスタシアは、このロシアの異聞帯としての歴史を強固なものにしなきゃならない。そのためには、ヤガを衰退させる一方の雷帝は邪魔だった。だから二人は、俺たちすら利用して雷帝を倒すことを画策したんだ」

「な…では、雷帝を倒すまでは事実上の共同戦線ということかい?」

「そうなる。このあと、アヴィケブロンがアステリオスの宝具をまるごとゴーレム化するそうだ」

「だが、あの迷宮は極めて質量が大きいはずだ、それをゴーレム化するには相応の炉心が……まさか、」

「あぁ。アヴィケブロンは自分自身を炉心にして、ゴーレムを作成する。いったいなんでそこまで巨大なものを生み出す必要があるのかは正直分からないけど」


つまり、アヴィケブロンはここで退場だ。その代わり、彼が託した巨人が、カルデアに力を貸してくれる。
落ち着いたところで、いったんカルデアと合流した方がいいと提案しようとしたとき、それは始まった。

突然、地面が地震のようにぐらぐらと揺れ始める。屋外にいても感じられる揺れだ。
二人で橋の下から出てみると、広場の方からはアステリオスの宝具で造られた巨人が立ち上がっていた。300メートルはあるだろうか。
さらに、宮殿の方からも、大量の土砂が吹き飛ばされる衝撃波が響いてきた。空気を揺らし、雲すら振動して雪間から僅かに太陽が見えそうになるほど。
雪が衝撃波で一瞬だけ吹雪き、それを目を細めてやり過ごしてから宮殿の方を見上げると、唯斗もアーサーも愕然とした。

そこには、いくつかの市街地の区画をまるごと持ち上げて破砕し落下させながら立ち上がる、巨大なマンモスの姿があった。
牙だけで大通りいくつ分にもなり、その足は一つの地区を丸ごと押しつぶす。雲が厚くなり、雷鳴が轟く。
まるで山だ。アヴィケブロンがゴーレムを必要とした理由が分かった。

ロシアの中心で眠っていたものの正体は、かつて民の命を長らえさえながらも、ただの災害と成り果てた、巨大な怪物だった。


46/359
prev next
back
表紙へ戻る