永久凍土帝国アナスタシアII−11


「聖なるかな!聖なるかな!聖なるかな!我が心に一点の曇りなく!」


イヴァン雷帝の鼻先は空高く掲げられ、そこに莫大な魔力が集積されていく。どうやらサリエリのピアノの音が雷帝の力を減衰させているようで、王宮ごと吹き飛ばそうとしているらしい。
聖なるかな、という句は東方正教会の詠唱だ。3回唱えて、「いと高き神のもとに身を寄せて」と続ける。

ゴーレムは雷帝を押しとどめようとするが、あのまま雷撃が放たれれば、モスクワ諸共ゴーレムも立香も吹き飛ぶ。
すると今度は、アーサーが跳躍した大通りを爆速で駆け抜ける車両の姿が見えた。シャドウ・ボーダーだ。
ボーダーは瓦礫の山を飛び越えて、何度もバウンドしながら宮殿方向へ向かった。車体上部のハッチが開き、カタパルトが出現してそこに人影が見える。


「なっ、マシュ?!あの武装は…」


なんと、そこに立っているのはマシュだった。大きな盾を構えて、黒い武装に身を包んでいる。目元にはいかついゴーグルのようなアイマスクをしていた。


『今、最後の戦力をそちらに射出する!』

『えっ、マシュ!?』


立香が驚いたのもつかの間、マシュがカタパルトで射出された瞬間、雷帝の一撃が放たれた。
宮殿までかろうじて残っていた市街地は蒸発し、宮殿を直撃しようとしたが、飛んできたマシュが宮殿に着地するなり、宝具を展開した。
同時に浮かび上がるのは、まるで映像が乱れたかのように歪なキャメロットの正門だった。それは確かに歪んで見えたが、一方で、まさしく「守りたいものを守る」ものだ。

宝具によって雷撃は防がれ、雷帝は虚を突かれる。ピアノの音は止まない。今がチャンスだ。


「アーサー、俺はここでいい。令呪を切るから行ってくれ」

「っ、分かった」

「令呪2画を以て命じる、この帝政に終わりを!!」


令呪を一気に2画消費してアーサーに魔力を充填する。カルデア脱出から初めて、一時的にアーサーは万全な状態となった。
瞬時に屋根を蹴って跳躍すると、そのまま瓦礫を伝って雷帝の肌を駆け上がる。アーサーが出撃した衝撃で雪が舞う屋根の上、その様子を見守った。

これを隙と捉えたのは唯斗だけではなく、武蔵も同時にアーサーと呼吸を合わせているようだった。遠くからではよく見えないが、少し会話しているようにも見える。
同じ世界を渡る者同士、この異聞帯の王に打撃を与えるが、きっと最後の留めは、汎人類史の者たちが行うことになるだろう。

武蔵とアーサーの魔力を帯びた剣戟によって、ついに雷帝は崩れ、そこを立香がゴーレムで王冠を引きちぎった。
本体をマンモスから切り離したことで、魔力は保てなくなり、マンモスは山塊となって崩壊していく。その白い煙が廃墟と化したモスクワを満たしていく中で、唯斗は足に強化をかける。


「うぐ…ッ、さすがに、きついな…!」


アーサーの現界だけでギリギリのところ、令呪を一気に2画切ったことで、もう魔力は底を尽きかけている。残る1画は実質使えない。
それでも、唯斗たちが戦わなければならない。何より、唯斗は立香に「一人にしない」と約束したのだ。

この罪を、立香一人に背負わせることはしない。

屋根を降りて瓦礫の間を走り出せば、すぐにアーサーの方からやってきた。


「マスター!」

「アーサー…武蔵は?」

「彼女は別の世界に転移した。藤丸君とマシュ、雷帝の本体は宮殿の北の雪原に向かった」

「俺たちも行こう」


アーサーは何も言わずとも唯斗を抱き上げて、瓦礫の街を走り始める。
雷帝が立香に突きつける現実を、唯斗も一緒に受け止めたかった。


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