永久凍土帝国アナスタシアII−13
「やれやれ、やっと倒れたか」
そこに現れたのは、やはりというかカドックとアナスタシアだった。さらにその後ろにはアタランテもいる。
同時に、ベオウルフも戻ってきた。
カドックは立香を、そして唯斗を見てから、背後に目をやる。
「アタランテ、やれ。そういう段取りだっただろう?」
「なっ、アタランテさん!?どうして…!」
カドックの指示で、アタランテが前に出る。マシュは驚愕を浮かべた。
「…すまない。私はこちらにつく。彼らは過去の私だ、どうしても、見捨てることができない…!」
『それは逃避だ、ミズアタランテ』
通信でホームズもさすがに口を挟んでくるが、すかさずカドックは否定する。
「逃避だろうとなんだろうと詰みに変わりないさ。アナスタシア!」
「…もう皇帝を恐れなくてよくなったのは感謝します。ですがそれはそれ。せめて、安らかに」
アナスタシアも出てきて、こちらはマシュとベオウルフ、相手はアタランテとアナスタシアという厳しい状況だ。
アーサーに使った令呪の力は、今の雷帝との戦いですべて使い切ってしまった。
さらに、一応遅れて追いついたサリエリもこちらに立ってくれたが、戦力としてはあまり期待できない。
「…ハッ、最高のタイミングだな、カドック」
「そうだろう?なんなら今からこちらに来るか?僕はいつでも歓迎する」
「私は歓迎しませんけれど」
ベストもベスト、完璧だ。完全に力が残ったアタランテとアナスタシアを前に、こちらはベオウルフくらいしか万全なサーヴァントはおらず、疲弊したマシュとサリエリ、令呪の切れたアーサーがいるものの、趨勢はほぼ決していると言えるほど。
それを理解している立香は、ここまでの戦闘でかなりの魔力を消費していることもあって、置かれた状況のまずさに肩の力が抜けていく。
いや、もともと立香はギリギリだった。薄々勘付いていた、この戦いの正体を、雷帝によって厳然と突きつけられてしまった。自分たちがこれからやろうとしていることの重さを、しっかりと理解してしまった。直視してしまったのだ。
それもあって、戦意喪失寸前だ。
時間神殿のときの方が絶望的だっただろうが、あのときはゲーティアに対する怒りが強いあまり絶望を感じていなかった。今は違う。
これから奪うヤガたちの命への思いがある分、立香の心は折れそうになっていた。
ならば、唯斗が戦うまでだ。幸い、この異聞帯は大気中のマナがそれなりに濃いものになっている。地脈もいい具合に通っているのは、空想樹が近いからか。
唯斗は地面に左膝を突いて、左手を雪につける。
「…魔術回路、強制励起」
「…?マスター?」
「回路接続、
天、
地、
人…ぐゥ…ッ!!」
回路が発する痛みに呻くが、同時に、魔術回路に大量の魔力が外界から流入する。大地と空気、そしてこの異聞帯全体から唯斗に対してマナを取り込んでいるのだ。強制的なそれは自然のものではなく、無理な魔力注入に回路が軋む。主に左腕から肩、左胸あたりに広がる回路は焼けるように痛んだが、これより痛いことはたくさんあった。
「マスターッ!」
「いいから!!風王結界解除!!」
「っ、」
苦しむ唯斗にアーサーは駆け寄ろうとしたが、唯斗はアーサーに怒鳴る。今はそんな場合ではない。戦える者が戦うべきときだ。
それくらいしてでも、カドックに向き合うときだ。
「戦え!!アーサー・ペンドラゴン!!!」
唯斗の叫びに、アーサーは目を見張る。そして、剣の拘束を解除してその姿を露わにした。
「はぁ…ッ、ぐ、っ、」
「唯斗…!」
立香は心配そうに近寄るが、唯斗はそれを制した。
「触らない方がいい、魔術回路が火花散らすぞ」
唯斗が触れている雪は急速に溶けていき、蒸発した水蒸気が湯気となって漂っている。魔術回路がそれだけの熱を持っているのだ。もう少し出力を上げれば焼き切れるだろう。
「っ、でも、唯斗…!」
「大丈夫…俺とアーサーで、守れるだけ守る、から…」
「…唯斗…っ、」
「大丈夫だ。…いけアーサー!!」
唯斗の号令が響いた直後、アーサーの姿はすでにアタランテの後ろにあった。直後、アタランテは血を噴き出して片膝をつく。
「な…ッ!」
「すまない、私にはマスターだけが優先事項だ」
共に戦った仲間だったアタランテだが、アーサーは容赦なく追撃を入れて吹き飛ばす。雪原にアタランテが叩き付けられたあと、アーサーはそれには目もくれずアナスタシアにも打撃を入れる。咄嗟にカドックが結界で庇うも、その衝撃波はカドックもろとも二人を雪に打ち付けた。
「きゃあっ!!」
「ぐ…っ!!」
途端に押されたのを見て、アタランテについてきていた叛逆軍のヤガは、こちらに銃口を向けた。立香を狙っている。こちらの軸を撃てば、という発想で、それは正しい。
まずい、ベオウルフは離れた位置でアタランテを相手取っていたため間に合わないし、マシュもアナスタシアの近くにいたため立香の傍にいなかった。唯斗は動けない。
銃声が響く。次の瞬間、鮮血を流していたのは、パツシィだった。