永久凍土帝国アナスタシアII−14


「…え、パツシィ、さん…?」


パツシィは血を流しながらも、ふらりとなんとか立ち、そして、立香の胸ぐらを掴み上げた。その血が立香にも付着する。


「許さねぇ…!俺に、幸福な世界があることを教えてしまった失敗を絶対に許さない。だから立て、立って戦え。お前が笑って生きられる世界が上等だと、生き残るべきだと傲岸に主張しろ。胸を張れ」

「っ、」


血を吐きながら淡々と言う呪詛のようなパツシィの言葉に、立香は息を飲む。


「…負けるな。こんな、強いだけの世界に負けるな」

「ッ、でも、俺は…」

「俺には難しいことはよく分からねぇ。でも、このつらかっただけの命に意味があるなら。それはきっと、幸福に溢れた正しい世界があると証明されたことだ。俺たちがヤガは間違えた場所に迷い込んだ。でも、その間違いにこそ意味があったはずだ」

「パツシィ、さん、もう、喋らないで」


喋るごとに血が口の端から流れる。血に赤い色が広がっていく。
立香の声が震えたのを聞いて、パツシィはそれでも言葉を続ける。


「大丈夫だ、ヤガは痛みも恐怖も鈍いんだ。きっと、お前やマシュ、唯斗の方が痛かったし怖かったはずだ。でも、だから、だからこそまだだ。まだ、生きろ」

「…っ!」


そうして、パツシィは力尽きて雪に倒れた。赤い雪が少しだけ散って、透明な水滴がそれを覆うように落ちてから、立香は立ち上がった。
もうその目に迷いはない。


「マシュ、立てる?」

「…!はい、はい!マスターが立つのならば、私はいくらでも戦います!」

「ありがとう。唯斗もありがと、もう、大丈夫」

「……そっか」


唯斗は魔術回路のマナへの接続を解除する。途端に、我慢していた痛みが押し寄せてきて、そのまま雪に倒れそうになったが、その前にアーサーに支えられた。


「次は彼らの番だ」

「…あぁ」


アーサーの腕に支えられながら、唯斗は、立香がマシュの盾から一時召喚を行うのを見届ける。瞼が重たいが、それでも見続けなければならない。

現れたマリーとナイチンゲール、ランスロットがアナスタシアに向かい、ベオウルフとビリーがアタランテと戦う。
すぐにアタランテはビリーの銃弾に倒れ、異聞帯と汎人類史との間で葛藤していたことを詫びながら、涙とともに消えていった。同時に、彼女に率いられていたヤガたちも戦意を喪失する。

アナスタシアはどうやら空想樹に王として認められたようで、明らかに力が増している。恐らく、空想樹から直接魔力がアナスタシアに向かっていた。
しかしそれでも、立香の方が上手だ。じわじわとアナスタシアは追い詰められていき、マリーのガラスの馬車が、ナイチンゲールの拳が、ランスロットの輝く剣が、次々とアナスタシアを傷つけていく。


「皇女殿下、お覚悟!!」


ランスロットはアロンダイトに大量の魔力を纏わせると、思い切りアナスタシアに切りつけた。それによって地面に叩き付けられたアナスタシアだったが、カドックが令呪を切る。


「令呪を以て命じる!皇帝になれ!!!」


その声とともに、アナスタシアはすべての怪我を完治させるや否や、ヴィイによる大規模な氷結魔術を展開した。
それによってランスロットとナイチンゲールが戦闘不能となり消失する。マリーも大きく負傷し、凍傷を負った肌を晒しながらも、まだアナスタシアに向き合っていた。

民衆に殺された、という点では通ずるものがあることを互いに理解しているようだったが、もはや語らいは不要だ。
再びマリーのガラスの馬車が出現し、アナスタシアへと向かっていく。アナスタシアは大量の氷柱を出現させてそれをたたき割ったが、中から天草が飛び出した。あの馬車の中に召喚していたらしい。


「なんですって…!?」


驚愕するアナスタシアに、天草の黒鍵が10本叩き付けられ、アナスタシアは悲鳴を上げて倒れる。カドックは慌てて駆け寄り、天草は追撃できるよう、さらに黒鍵を空中に展開する。


「馬鹿な…!なんでだ、こちらの方が強いはずなのに…!」

「年期だろうね。さて、おとなしくしてもらおうか。何かすれば容赦なく撃つ」


その隙をついて、ビリーは拳銃を構えた。正確にその照準はカドックに向いており、倒れたアナスタシアは動けなさそうだ。
勝負あった、そう判断され、天草とマリーは退去する。ベオウルフとマシュは臨戦態勢のままだが、すでにビリーの銃口はカドックを不可逆的に補足していた。


「まだだ…まだだ!まだ終わっちゃいない!僕にだってできるはずだ!!この大令呪(シリウスライト)で…!」

「…そうかい」


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